評価が下がって、給与も下がったことがあります。

理由は正直、今でも半分納得していません。でも残り半分は、自分にも見えていなかった落ち度があったと思っています。

当時のぼくは、「態度や姿勢を誤解された」と感じていました。実際、会社側の判断プロセスにも粗さがあったと、今なら分析できます。でも同時に、「誤解されるだけの隙を、自分がつくっていたんじゃないか」とも思うんです。

この経験は、3回の転職のうちの一つで起きたことでした。最初の転職は、上司の仕事への向き合い方に失望して。次の転職は、給与の安さとM&A、そしてスカウトが重なって。3度目の転職は、ある会社の給与制度をめぐって社長と何ヶ月も向き合い、疲弊しきって。3回転職すると、3つの違う会社で、3つの違う評価軸にさらされます。

その中で見えてきたのは、「評価が下がる人材=ダメな人材」と決めつけるのは、経営者側の思考停止だということでした。

今日は、評価する側に向けて、その話をしたいと思います。あなたの組織にも、「なんとなく評価が下がっている人」がいませんか?その理由、本当に本人だけの問題ですか?

「成果が出ない=能力不足」という短絡

経営者や上司が一番陥りやすい罠が、これです。

数字が落ちた。成果が出なくなった。だから、その人の能力が落ちた、あるいはもともと低かった——そう判断してしまう。

でも実際は、能力ではなく、配置と評価軸のミスマッチであることが少なくありません。

ぼく自身にも、これがありました。管理薬剤師だったころは、自分が動けば動くほど、そのまま成果になりました。自分が調剤すれば、自分が服薬指導すれば、患者さんの役に立てた。「頑張った分だけ結果が出る」というシンプルな構造です。

でもエリアマネージャーになった瞬間、この構造が崩れました。複数店舗を自分の手で回すことは物理的に不可能です。人を動かして、初めて成果が出る立場になったんです。

頭ではわかっていました。でも最初のうち、ぼくは全店舗を自分の足で回ろうとしていました。自分の目で見ないと不安だったから。今思えば、あれは「自分でやる」という、管理薬剤師時代に評価された動き方の癖が、まったく抜けていなかっただけなんです。

もし当時の自分を、当時の上司が「成果が出ていない」という一点だけで評価していたら、どうなっていたと思いますか。「能力が落ちた」と判断されても、不思議はありません。でも実際に起きていたのは、能力の低下ではなく、評価される軸そのものが、役割が変わった瞬間に変わっていたということでした。

あなたの組織で、異動や昇格の直後に「急に成果が出なくなった」ように見える人はいませんか。それは能力の問題ではなく、求められる動き方そのものが変わったのに、その変化を本人にきちんと言葉で伝えられていない、というケースかもしれません。

役割が変われば、評価される軸も変わります。それなら、昇格や異動のタイミングで「これからはこう動いてほしい」と、変化そのものを明確に伝える必要があります。

ここを怠ると、本人は前の役割の感覚のまま動き続け、評価する側は「なぜできないんだ」と苛立ちます。そしてそのしわ寄せは、結局、その下で働く部下たちにも及びます。評価する側も、される側も、その下にいる人たちも、誰も得をしません。

評価者の視点が固定化する構造的な誤り

もう一つ、経営者が気づきにくい罠があります。「相手が本当に望んでいるものを、確認しないまま”報いよう”とする」ということです。

3回の転職のうちの一つで、こんなことがありました。施設や個人在宅医療にどっぷり関わり、専門性もやりがいも感じていた時期です。ただ、ある時気づいたんです。有給休暇を使うと、手取りが減るという給与制度になっていました。

おかしいと思い、社長を説得しようと動きました。何ヶ月もかけて、何度も向き合いました。結果、制度は変わりました。手取りは維持されるようになったんです。粘り勝ちでした。

でも、そのすぐ後、社長から打診されたのは、別店舗への異動でした。

正直、「なんじゃそりゃ」と思いました。その場で、退職を告げました。

だって、異動先は、勤務地も変わり、在宅医療にはほとんど関わらない店舗だったんです。制度を変えるために何ヶ月も向き合った、まさにその対象——在宅医療という仕事そのものを、手放すことになる異動でした。

制度を変えたことへの評価だったのかもしれません。次のステップとして、あえて違う環境で力を発揮してほしいという意図だったのかもしれません。でも、ぼくが本当に望んでいたのは、その店舗で、在宅医療にどっぷり関わり続けることでした。会社は「報いよう」としてくれたのかもしれない。でも、その報い方は、ぼくが一番大事にしていたものを、そのまま奪う形になっていたんです。

これ、実は評価の失敗の中でも見落とされがちなパターンです。評価そのものは正しくても、その評価をどう本人に還元するかで、全部が台無しになることがあります。

あなたの組織で、誰かの功績に報いようとしたとき、その「報い方」は本人に確認したものですか。それとも、「普通はこれが嬉しいはずだ」という、評価する側の思い込みで決めていませんか。

異動、昇給、昇格、新しいプロジェクトへの抜擢——これらは全部、経営者側からすれば「良いこと」のつもりでも、本人にとっては今いる場所で積み上げてきたものを手放させる強制に見えることがあります。

これを見過ごしたままだと、正しく評価しているつもりで、優秀な人材を突然失うことになります。本人からすれば「評価されなかったから辞めた」のではなく、「評価はされたけど、聞かれなかったから辞めた」んです。

「最近の担当者」に責任を押しつける前に、確認すべきこと

不満やトラブルが表面化したとき、多くの経営者がまずやってしまうのが、「今、その場にいる人」への聞き取りです。

でも、これだけでは危険です。理由は単純で、不満を言う側にも、言うタイミングを選ぶ余地があるからです。前任者の時代に感じていた不満を、あえてその場では言わず、担当が変わったタイミングで「今の担当者」への不満として語る人は、珍しくありません。悪気があるとは限りません。単に、そのタイミングの方が言いやすかった、というだけのこともあります。

だからこそ、経営者が確認すべきなのは、「誰が言ったか」ではなく「いつから、その火種はあったのか」です。

具体的に、点検してほしいことが3つあります。

① 担当変更の直後に出てきた不満か、それとも継続的に蓄積されてきた不満か 担当が変わって数週間〜数ヶ月というタイミングで噴き出した不満は、その担当者が「原因」というより「きっかけ」である可能性を疑ってください。

② 不満を訴えている側にも、過去の相談履歴やトラブルの傾向があるか これは、不満を訴える側を疑えという意味ではありません。ただ、同じような不満が別の相手にも過去に向けられていたことがあるなら、問題の所在は「今の担当者個人」よりも「その人自身の傾向」や「組織の構造」にある可能性が高くなります。

③ 判断を下す前に、本人へ事実確認をしたか 驚くほど見落とされがちですが、本人への事前説明・弁明の機会なしに人事判断を下すケースが、現場では実際に起きています。一方の話だけで判断が下る組織は、正しい評価以前に、信頼を失います。

この3つを飛ばして「最近の担当者」を原因だと決めつけると、本当の火種はそのまま組織に残り続けます。担当者を変えても、同じ問題が次の担当者の代でまた再燃するだけです。

薬局・医療業界特有の、評価が歪みやすい構造

ここまでは業界を問わない一般論でした。でも薬局業界には、この歪みをさらに助長する構造的な要因があります。

まず大きいのが、慢性的な人手不足による「抜擢」の多さです。経験の浅い人材が管理職に就くケースが、年々増えています。抜擢そのものは悪いことではありません。ただ、本人をきちんと観察した上での抜擢ではなく、単なる「穴埋め」として配置されているケースが少なくなく、うまくいかなかったときに「本人の能力不足」だと誤って処理されがちです。

もう一つ、店舗数の多いチェーン薬局やドラッグストアで起きやすいのが、エリアマネージャーが物理的に現場を見られない、という構造です。担当エリアが広がるほど、一人ひとりの店舗・店長と接する時間は減っていきます。関係性が薄いまま評価だけが下される、という状況が、業界特性としてすでに組み込まれているんです。

そして根深いのが、「調剤スキル」と「対人・マネジメントスキル」が、いまだに別物として評価されていないことです。調剤や服薬指導が優秀な人が、そのまま管理職としても優秀だとは限りません。でも薬局業界では、この2つが混同されたまま評価される場面が、依然として多く残っています。

これらはどれも、個人の資質の問題ではありません。業界構造そのものが、評価を歪めやすい土壌を作っているんです。経営者がこの構造を自覚しているかどうかで、人材の扱い方は大きく変わってきます。

そして、この構造の中で評価される側に立ったことがある人間として、最後にどうしても伝えたいことがあります。

まとめ:評価される側とする側、両方を経験したからこそ言えること

ぼくは薬剤師として3回の転職を経験し、評価が下がって給与も下がったことがあります。今でも、その判断のすべてに納得しているわけではありません。でも同時に、自分にも見えていなかった落ち度があったとも思っています。

その後、薬剤師という枠を出て、医療経営コンサルタントに転職しました。畑違いの世界に飛び込んで気づいたのは、評価する側に回った瞬間、自分がかつて評価された経験のすべてが、判断材料として蘇ってくるということでした。「この人の成果が出ていないのは、能力の問題か、それとも配置の問題か」——そう考えるたびに、頭をよぎるのは、いつも自分自身のことです。

そして今は、医療機関の経営を見る立場として、評価する側の視点にも立っています。

評価される側だったときに感じた「もっとちゃんと見てほしかった」という思いと、評価する側になって気づいた「自分もかつて同じ見誤りをしていたかもしれない」という反省。この両方を持っているからこそ、言えることがあります。

評価が下がった人材を「ダメな人材」と決めつける前に、一度立ち止まってください。その評価は、本当にその人自身の問題ですか?それとも、配置、タイミング、あなた自身の物差しの問題ではありませんか?

(もし今、あなた自身が評価される側として悩んでいるなら、感情と事実を切り分けて整理する手順を書いた記事もあります。よければあわせてどうぞ。)


※本記事はぼく個人の体験に基づく見解です。組織体制や状況によって最適な人材評価のあり方は異なります。参考程度にお読みください。