勝ち癖を維持する仕組み——測り方と、やめどきの決め方

連載「どうせ無理」をほぐす 第4回(最終回)

前回、90日で決着がつく一勝を1つ選んでくださいとお願いしました。
今回は、その先の話です。続けるための話と、やめるための話。 どちらも同じくらい大事だと思っています。
そして最後に、この連載でぼくが書いてきたことを、まとめてお伝えします。
なぜ、半年で元に戻るのか
改善活動がうまくいった病院を、その後も見せてもらうことがあります。半年後、一年後に何が起きているか。
かなりの割合で、元に戻っています。
戻り方には型があって、ぼくが見ている限り、だいたい3つに分かれます。
型1:勝ちが、記録されていない。
3か月かけて残業を減らした。数字も出た。でも、それを誰も書き残していない。半年後には「そういえば、何かやったよね」になり、一年後には誰も覚えていない。
前回書いたとおり、集団的効力感は成功体験によってしか育ちません。裏を返すと、忘れられた成功は、経験として残らないんですよね。効力感の材料にならないまま消えます。
型2:成功した瞬間に、規模を上げてしまう。
これがいちばん多いかもしれません。1つ勝った。経営側が喜ぶ。そして言うんです。「よし、次は全部署でやろう」「次はもっと大きなテーマで」。
気持ちは分かります。でも、これは第3回で紹介したワイクの主張の真逆です。小さな勝ちの連鎖が力を持つのであって、勝った直後に規模を上げたら、そこで連鎖が切れます。そして今度は達成できず、小さな負けに変わる。
現場から見ると、こう映ります。「頑張ったら、もっと仕事が増えた」。次から誰も頑張りません。
型3:人に依存している。
熱心な師長がひとりで回していた。その人が異動した。翌月、ゼロに戻った。よくある話です。
3つとも、現場の意識の問題ではありません。 仕組みの問題です。だから仕組みで手当てします。
測り方——業務指標が主役、心理指標は脇役
まず、いちばん間違いやすいところから。
測るべきは、業務の数字です。 職員の気持ちではありません。
残業時間、書類の枚数、待ち時間、在院日数、感染率、算定の取り漏れ額。地味でいい。むしろ地味なほうがいい。
ここを外して「職員のモチベーションが上がったか」を主指標にすると、目的が入れ替わります。 気持ちが良くなったのに業務の数字が動かないなら、それは成功ではなく、気持ちが良くなっただけです。第1回で批判した精神論に、遠回りして戻ってしまいます。
その上で、測り方には3つのルールがあります。
開始前に測ること。 当たり前に聞こえますが、これができていない病院が本当に多いです。前の数字がなければ、勝ったかどうか永久に分かりません。
指標を先に決めること。 終わってから「何が良くなったか」を探し始めると、必ず良くなったものが見つかります。人間はそういうふうにできています。だから先に決める。
30日で中間確認すること。 90日待ってから失敗が分かるのは遅すぎます。30日の時点でまったく動いていなければ、そこで手を変えられます。
読み間違えやすい指標が、ひとつあります
ここで、第2回の話を思い出してください。
エドモンドソンの投薬エラー研究では、チームの状態が良いほど、報告されるエラーが多かった。関係が良いと口に出せるから、記録に残る。関係が悪いと隠れるから、記録に現れない。
つまり、インシデント報告の件数は、増えるのが正解なんです。少なくとも、改善活動の初期には。
同じことが、いくつかの指標に当てはまります。
- 現場からの提案件数——増えます。今まで黙っていた人が話し始めるので。
- 会議での反論・異論の数——増えます。増えないなら、まだ言えていない。
- 「できていない」という報告——増えます。隠さなくてよくなるので。
ここを読み間違えると、致命的です。「改善活動を始めたらインシデント報告が増えた。逆効果だ」と判断して打ち切る。実際には、いちばん良い兆候が出ていたのかもしれないのに。
経営会議でこれをどう説明するか、あらかじめ用意しておいたほうがいいと思います。数字が悪化したように見える瞬間が、必ず来るので。
心理の側を測りたいなら、既にある道具を使ってください
業務指標を主軸に置いた上で、補助的に職員側の変化も見たい、という場合。自作のアンケートは、やめたほうがいいです。
信頼性と妥当性が検証された日本語の尺度が、すでにあります。
自己効力感を測るなら、GSES(一般性セルフ・エフィカシー尺度)。
名前は物々しいですが、中身はシンプルです。坂野雄二・東條光彦が1986年に開発したもので、16の質問に「はい/いいえ」で答えるだけ。所要時間は数分です。
何を聞いているかというと、大きく3つの側面です。新しいことに自分から取りかかれるか。失敗したときに引きずらずにいられるか。他人と比べて自分をどう位置づけているか。 この3方向から、「自分はやれる」という感覚の強さを測ります。
5か月後にもう一度実施しても相関0.83と、時間が経っても安定して測れることが確認されています。つまり、その日の気分ではなく、その人の構えを測っているということです。
仕事への向き合い方を測るなら、UWES-J(日本語版ワーク・エンゲイジメント尺度)。
こちらは島津明人らが2008年に日本語版を検証したもので、2,334人のデータで内的整合性α=.92。短縮版もあります。
聞いているのは3つの側面です。仕事中に力がみなぎる感じがあるか(活力)。自分の仕事に意味や誇りを感じるか(熱意)。仕事に集中して時間を忘れることがあるか(没頭)。 それぞれ「まったくない」から「いつも感じる」までの頻度で答えてもらいます。
燃え尽き(バーンアウト)の反対側にあるものを測る尺度、と考えると分かりやすいと思います。
なお、どちらも著作権のある尺度です。実施するときは、開発元の定める利用条件を確認してください。 ネット上に転載されている項目を拾って使う、というのはやめておいたほうがいいです。
ただし、繰り返します。これらは脇役です。
心理指標だけが良くなって業務の数字が動かないなら、それは成功ではありません。逆に、業務の数字が動いているなら、心理指標を測らなくても構いません。
やめどきを、先に決めてください
さて、この連載でいちばん書きたかったことです。
始める前に、やめる基準を決めてください。
具体的には、こうです。
3か月やって、一勝も取れなかったら、いったん止める。
そして、そのときに何を考えるべきか。「現場の意識が足りなかった」ではありません。 そこに戻った瞬間、この連載でやってきたことが全部無駄になります。
考えるべきは、2つです。
ひとつ。選んだテーマが、実は「変えられない側」だったのではないか。 第1回で書いてもらった紙の、右側に置いたつもりが、実際には左側だった。よくあることです。だったら選び直せばいい。
もうひとつ。本当に構造の問題だったのではないか。 現場に裁量を渡し、金の要らない範囲で、90日かけて、それでも1ミリも動かないなら——それは心理の問題ではありません。人員が足りていないか、業務量が限界を超えているか、あるいは病院の機能そのものが地域と噛み合っていないかです。
その場合、話は組織風土から経営戦略に移ります。機能転換、地域連携、規模の見直し、場合によっては再編。それは別の議論であって、現場のマネジメントで解ける問題ではありません。
これは敗北ではありません。
「心理的なアプローチでは動かない」と分かったこと自体が、正しい情報です。第1回の紙の左側が思ったより大きかった、というだけの話なんですよね。
いちばんまずいのは、成果が出ないまま「やっぱりうちの職員は」に戻ることです。それは振り出しに戻るのではなく、振り出しより後ろに下がります。 現場にとっては「やってみたけど、やっぱり無理だった」という、いままででいちばん強い学習になってしまうので。
だから、始める前に決めておいてください。どうなったら、やめるのか。
4回分を、畳みます
この連載で書いてきたことを、まとめます。
第1回:「どうせ当院では無理」は、たぶん正しい 現場の「どうせ無理」は、事実に裏打ちされています。医業赤字の病院が4分の3という状況で、それを否定するのは間違いです。まず認めてください。
第2回:無力感を作っているのは、たぶんあなたです その無力感を供給しているのは、たぶん経営側です。却下そのものではなく、雑に扱われた提案の積み重ねが、それを作りました。
第3回:それでも動く領域はある それでも動かせる領域はあります。現場が自分で動かせて、3か月で結果が出て、測れて、金が要らないもの。そこで小さく、確実に勝ってください。
第4回(本記事):勝ち癖を維持する仕組み 勝ちを記録し、規模を上げず、仕組みに残す。そして、動かなかったときにどうするかを先に決めておく。
——ここまでが、ぼくが書けることの全部です。
正直に言うと、この4回に書いたことをやっても、病院が黒字化するとは限りません。構造的な逆風は、心理でどうにかなるものではないからです。 それは第1回から一貫して書いてきたつもりです。
それでも、これを書いた理由がひとつあります。
「どうせ無理」と思っている組織は、動かせる領域まで動かさないからなんですよね。左側と右側の区別がつかなくなって、右側にも手を出さなくなる。それは、構造の問題とは別に起きている、確実な損失です。
そこを取り戻すのに、精神論はいりません。研修も、理念の唱和も、意識改革の号令もいりません。
必要なのは、ひとつ目の勝ちだけです。
最後の宿題
前回、90日で決着がつくテーマを1つ選んでもらいました。
今回は、それを始める前に、もう一行だけ書いてください。
「◯月◯日までに◯◯が◯◯にならなければ、この取り組みは止めて、別の判断に移る」
日付と、数字を入れてください。
それを書いた紙を、選んだテーマの担当者にも見せてください。やめる基準を共有している取り組みは、現場にとって安全なんです。失敗しても人のせいにされないと分かるからこそ、思い切ってやれる。
そこまで整えたら、あとは始めるだけです。
うまくいったら、教えてください。うまくいかなかったときも、できれば教えてください。うまくいかなかった話のほうが、たぶん次に役に立ちます。
4回、お付き合いいただきありがとうございました。
連載「どうせ無理」をほぐす
- 第1回:「どうせ当院では無理」は、たぶん正しい——中小病院の悲観を否定してはいけない理由
- 第2回:無力感を作っているのは、たぶんあなたです——「前例がない」「予算がない」の累積効果
- 第3回:それでも動く領域はある——構造制約下で「勝てる場所」の見極め方
- 第4回:勝ち癖を維持する仕組み——測り方と、やめどきの決め方(本記事)
参考文献
- Edmondson, A. C. (1996). Learning From Mistakes Is Easier Said Than Done: Group and Organizational Influences on the Detection and Correction of Human Error. The Journal of Applied Behavioral Science, 32(1), 5-28. https://doi.org/10.1177/0021886396321001
- 坂野雄二・東條光彦(1986)「一般性セルフ・エフィカシー尺度作成の試み」『行動療法研究』12(1), 73-82. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjbt/12/1/12_KJ00008937421/_article/-char/ja/
- Shimazu, A., Schaufeli, W. B., Kosugi, S., Suzuki, A., Nashiwa, H., Kato, A., Sakamoto, M., Irimajiri, H., Amano, S., Hirohata, K., Goto, R., & Kitaoka-Higashiguchi, K. (2008). Work Engagement in Japan: Validation of the Japanese Version of the Utrecht Work Engagement Scale. Applied Psychology, 57(3), 510-523. https://doi.org/10.1111/j.1464-0597.2008.00333.x
