定例会の45分間、ぼくは一言も発せなかった

先週のコンサルチームの定例会でのことなんです。

先輩コンサルとリーダーが、支援先の病院の退職金の話をしていました。退職給付債務がどうとか、簡便法がどうとか、規定を改訂したときのシミュレーションをどう組むかとか。

その議論が、まったく分からなかった。

いや、「難しいな」ではないんです。日本語として聞こえているのに、意味が入ってこない。 単語の一つひとつは知っているのに、それが何と何をつないでいるのかが見えない。そういう種類の分からなさでした。

45分くらい、そんな時間が続きました。ぼくはメモを取るふりをしながら、ただ座っていた。

質問すればよかったんです。でも、できなかった。何が分からないのかすら分からないときって、質問の形にできないんですよね。「すみません、全部分かりません」としか言えない。それを言う勇気がなかった。情けない話です 涙

会議が終わってから、ずっと悔しかった。

あなたにも、そういう時間はありませんか。自分だけが乗っていない船に、静かに座り続けているような時間。

分からなかったことを、あとで全部ほどいてみた

このままにしておくと、次も同じことになる。そう思って、帰ってから退職給付会計をゼロから調べ直しました。

そうしたら、自分がどこでつまずいていたのかが、はっきり分かったんです。

結論から言うと、専門用語が分からなかったからではありませんでした。もっと手前、会計の大前提のところで止まっていた。

以下、同じところで止まっている人のために、ぼくがほどいた順番でそのまま書いていきます。簿記の知識はほぼゼロ、3級のテキストを一読して大半を忘れている。それがぼくのスタート地点です。

つまずき① 会計には、現金とは別の時間軸がある

まずここでした。

家計簿は「お金が出た日」に記録します。当たり前ですよね。ぼくの頭の中は、完全にこれでした。

でも企業会計は違うんです。「その費用は、どの年の活動から発生したのか」で記録する。発生主義といいます。

なぜそんな面倒なことをするのか。

病院が3月に医療機器を仕入れて、支払いが6月だったとします。現金主義なら6月の費用になる。でも、その機器で患者さんを診て収益を上げ始めたのは3月からです。費用と収益の時期がズレると、その年の業績が正しく見えない。

だから「お金が動いた日」ではなく「原因が発生した日」に費用を立てる。

これが腹に落ちていなかったから、退職金の話が「将来の支払いの話」なのか「今年の費用の話」なのか、ずっと混線していたんです。

つまずき② 引当金は、貯金ではなかった

これが最大の誤解でした。ここが分かった瞬間、視界が開けた感じがあります。

ぼくはずっと、こう思っていました。

引当金って、いざというときのために毎月コツコツ積み立てているお金のことですよね?

違いました。まったく違いました。

引当金は、帳簿上の見積りです。どこかの口座に現金が積み上がっているわけではありません。「将来これだけ払う義務がありますよ」と貸借対照表の負債側に書いているだけ。書いた瞬間に現金が動くわけでも、その分の現金が別枠で確保されるわけでもない。

実際にお金を貯める行為は、外部積立といって別の話なんです。中退共とか、特定退職金共済とか、企業年金とか。

引当金外部積立
正体帳簿上の見積り実際の現金・運用資産
場所B/Sの負債側外部機関
現金動かない実際に出ていく
目的業績を正しく見せる支払原資を確保する

つまり、引当金をいくら積んでも、退職金を払う現金は1円も増えません。

逆に言えば、引当金を計上していない病院でも、退職金を払う義務は同じだけ存在する。帳簿に書いていないだけ。これを簿外債務といいます。

会議で「引当金を積んでいても資金手当てにはならない」という話が出ていたんですが、その一言の意味が、ぼくにはまったく取れていなかったんですよね。

つまずき③ 似た言葉が3つあって、全部混ざっていた

「退職給付見込額」「退職給付債務」「退職給付引当金」。

この3つが区別できていませんでした。全部「退職金の総額みたいなもの」として聞いていた。だから、議論の中で数字が3種類飛び交っているのに、どれがどれだか分からなかったんです。

看護師のAさんで整理します。

  • 勤続10年
  • 定年まであと20年(合計30年勤める見込み)
  • 定年時の退職金見込み:1,000万円

① 退職給付見込額 = 1,000万円

将来、最終的に払う金額の見込み。ただの予定額です。

② 退職給付債務 = 約273万円

ここで2段階の加工をします。

まず、1,000万円は30年働いた対価です。今日時点ではまだ10年分しか働いていない。だから今日までに発生している分を切り出す。

1,000万円 × 10年 ÷ 30年 = 333万円

次に、これを払うのは20年後です。20年後の333万円と今日の333万円は価値が違う。今日お金があれば運用して増やせるからです。逆に言えば、20年後に333万円払うために今日いくら必要か。年1%なら、

333万円 ÷ (1.01)^20 ≒ 273万円

これが退職給付債務。全職員分の合計が病院全体の債務になります。

③ 退職給付引当金 = 債務 − 年金資産

外部積立があれば、債務からそれを引く。債務3億円で中退共に1億円あれば、引当金は2億円。積立ゼロなら3億円がそのまま引当金です。

つまり引当金は、まだ手当てができていない分なんですね。

この3つが分かれてから、会議の録音を聞き直したら、7割くらいは追えるようになっていました。

つまずき④ 費用の年と、現金が出る年がズレている

ここが、たぶんぼくの混乱の本丸でした。

費用を計上する年:現金は1円も出ない。でも利益は減る。

(借方) 退職給付費用     303,000
(貸方) 退職給付引当金   303,000

実際に退職金を払う年:現金は出る。でも費用は乗らない。

(借方) 退職給付引当金  10,000,000
(貸方) 現金預金        10,000,000

支払時に費用が乗らないのは、その費用はすでに過去30年かけて計上済みだからです。二重計上になってしまう。

で、ここから病院経営の実務論点が出てきます。

団塊世代の看護師が一斉に定年を迎える年。費用は増えないのに、現金だけが数千万円単位でごっそり出ていく。引当金を積んでいても、その現金はどこにもない。

会議で資金繰りシミュレーションの話が出ていたのは、これだったんです。あとから分かりました。

救い:300人未満なら、もっと簡単でいい

ここまで読んで「そんな計算できない」と思った方、大丈夫です。ぼくもそう思いました 笑

退職給付債務の対象となる職員が300人未満なら、簡便法が使えます。いちばん簡単なのはこれ。

退職給付債務 = 期末自己都合要支給額

決算日に全職員が自己都合で辞めたら、規定上いくら払うことになるか。 その積み上げです。割引計算も期間帰属もしません。

計算式はだいたいこの形になります。

退職金 = 算定基礎額 × 勤続年数に応じた係数 × 退職事由に応じた割合

表計算ソフトで組めます。中小病院の実務で使うのは、ほぼこちらです。

「自分には無理な世界だ」と思っていた計算が、実は名簿と規定があれば表計算で組めるものだった。ここが分かったときは、ちょっと悔しかったですね。ビビっていただけだったので。

そして、分かったつもりを潰された話

ここからが、この記事でいちばん書きたかったところです。

上の簡便法の式で、ぼくは例として「基本給30万円 × 勤続10年の係数5.0 × 自己都合0.8 = 120万円」という数字を置いて整理していました。

一通り理解した気になったところで、ふと引っかかったんです。

この5.0って、妥当なんだろうか。

調べてみたら、東京都産業労働局の「中小企業の賃金・退職金事情(令和4年版)」にモデル退職金のデータがありました。従業員10〜299人の都内中小企業の調査です。

学歴勤続10年 自己都合勤続10年 会社都合定年
高校卒90.7万円122.3万円994.0万円
高専・短大卒98.7万円126.9万円983.2万円
大学卒112.1万円149.8万円1,091.8万円

ぼくが置いた120万円は、相場より2割ほど高かった。基本給を25万円にすれば100万円になり、実データとほぼ一致します。

で、ここで終わらなかったんです。検証していく中で、もっと大きな穴が2つ見つかりました。

穴① 退職金カーブは直線ではない

上の表をよく見てください。高専・短大卒・自己都合で、勤続10年が98.7万円、定年が983.2万円。

10年時点は、定年額のちょうど10%しかない。

ところがぼくは、さっきの説明で「1,000万円 × 10年 ÷ 30年 = 333万円」と、年数で等分していました。実態なら100万円前後です。3倍以上ずれている。

この等分する方法は「期間定額基準」といって会計基準上は認められています。だから説明として間違いではない。でも、実際の債務試算でこれを使うと、若手職員の多い病院では債務を大幅に過大計上することになる。

支援先に持っていく数字としては、致命的です。

穴② 自己都合の減額率は、一律ではない

0.8を固定で使っていましたが、実際の規定は勤続年数で逓増させるのが一般的でした。

勤続年数自己都合の支給率(一般的な例)
3〜9年50〜60%
10〜14年70%
15〜19年80%
20年以上90〜100%

長く勤めた人ほど、自己都合でも満額に近づく設計です。短期離職を抑制する意図が込められている。

一律0.8で試算したら、若手の債務を過大に、ベテランの債務を過小に見積もることになります。

そして、いちばん大事な結論

検証を終えて気づいたのは、これでした。

係数を相場と比べること自体に、あまり意味がない。

理由は、退職金算定基礎額の定義が規定ごとにバラバラだからです。基本給そのものとする規定、基本給の70%とする規定、まったく別テーブルを持つ規定。

特に看護師は夜勤手当の比重が大きい。総支給35万円でも、基本給は24万円ということが普通に起こります。

つまり、係数は相場から持ってくるものではなく、支援先の規定に書いてある表をそのまま読むものなんですね。相場は「自院が高いか低いか」を判断するときにだけ使う。

規定を入手したら、最初に見るべきはこの3点だと整理しました。

  1. 算定基礎額の定義 — 基本給そのものか、その何%か、別テーブルか
  2. 自己都合減額率のカーブ — 勤続年数でどう変わるか
  3. 支給係数カーブの形 — 後半でどれだけ跳ね上がるか

特に3番です。 カーブが急なほど、定年間際の職員が多い病院では債務が一気に膨らむ。年齢構成と重ねて見ると、危険な山が見えてきます。

悔しさの正体は、知識不足ではなかった

ここまで整理して、ようやく分かったことがあります。

あの会議でぼくが悔しかったのは、知らなかったからではないんです。知らないことを、知らないと言えなかったからでした。

「引当金って貯金じゃないんですか?」

この一言を、あの場で言えていたら。たぶん誰かが3分で説明してくれて、残りの40分は追えていた。そして議論に何かを足せたかもしれない。

言えなかったのは、専門家として振る舞わなければという意識があったからです。薬剤師として17年やってきて、病院経営の支援を名乗っている。その立場で「分かりません」と言うのが怖かった。

でも、冷静に考えれば逆なんですよね。分からないまま座っていたほうが、チームにとっても支援先にとっても損失が大きい。

あなたは、会議で「分かりません」と言えていますか。

ぼくはこれから言おうと思っています。少なくとも、黙って45分を溶かすよりはマシなので。

明日からできる3つのこと

最後に、同じ立場の人に向けて。

① 「引当金は貯金ではない」だけ、まず覚える

これだけで退職金まわりの議論の半分は追えます。負債側の見積りであって、現金ではない。

② 支援先の退職金規定を、実物でもらう

相場データより、目の前の規定です。算定基礎額の定義、減額率のカーブ、係数カーブ。この3点を読むだけで、議論の解像度が変わります。

③ 分からなかった会議は、その日のうちにほどく

ぼくは帰ってから調べ直して、この記事になる程度には整理できました。翌日まで置いていたら、たぶんやっていません。悔しさには賞味期限があるので、熱いうちに使ったほうがいい。

次の定例会では、ちゃんと質問します。そのために、いま職員名簿と退職金規定をもらう段取りを組んでいるところです。


参考にした資料

※本記事は会計の一般論を整理したものです。実際の債務計算や規定改訂にあたっては、公認会計士・税理士・社会保険労務士にご相談ください。特に規定の不利益変更は労働契約法上の論点を含みます。