「国民医療費って、いまいくらでしたっけ」

支援先の経営会議で、事務長さんにこう振られたことがあります。

ぼくは答えられませんでした。

正確には、「たしか40兆円くらいだったと思います」と言って、それ以上何も続かなかった。場はそのまま次の議題に進みました。誰も突っ込みません。たった10秒です。

帰りの電車で調べました。48兆915億円、令和5年度。桁は合っていたけれど、8兆円ずれていた。

その10秒が、しばらく頭から離れませんでした。

痛かったのは、数字を知らなかったことそのものじゃないんです。自分が出していた提案に、外側の目盛りがなかったことに気づいてしまったから。

その日ぼくが持っていったのは、病床稼働率と平均在院日数の分析でした。数字はちゃんと合っている。でも「この病院は今どういう環境にいるのか」という問いには、まったく答えていなかった。地図のない現在地だけを、きれいに整えて出していたわけです。

きっかけは山口周さんの『外資系コンサルの知的生産術』(光文社新書)でした。


外資系コンサルの知的生産術~プロだけが知る「99の心得」~ (光文社新書)

この本に、数値の規模感を押さえておくための道具として「日本の統計」が挙がっていて、そこで初めて存在を知ったんです。

総務省統計局の「日本の統計」は、PDFが無料で公開されています。買う必要はありません。落としてきて、医療に関係する表を片っ端から書き写しました。

そのうえで、経営指標だけは別の資料で埋めています。この記事はその整理です。

同じように、自院の数字は毎月見ているけれど外側の数字は曖昧、という方は少なくないんじゃないでしょうか。

自院の数字だけでは、良し悪しが判定できない

病床利用率が82%だったとします。

これは良いのか、悪いのか。前年比では上がった、下がった、までは言えます。でもそこで止まる。

外側の数字を持っていると、同じ82%の意味が変わります。病院の総数が年に45施設ずつ減っていて、療養病床が4年で7%縮んでいて、しかも65歳以上人口はまだ増え続けている。その中での82%なのか。そう置き直したとき、はじめて「この水準をどこまで守るのか」という経営の話になるんですよね。

つまり外部環境の数字は、自院の数字を解釈するための目盛りです。それ自体を提案に書く必要はないことも多い。でも頭に入っていないと、自院の数字が宙に浮きます。

以下、ぼくが暗記対象にしている数字を5つのブロックに分けて並べます。

なお、ここに載せた数字は2026年10月時点で公表されているものです。人口や医療費は毎年、経営指標は資料によって更新の周期が違うので、最新の公表状況は記事末尾の出典リンクから確認してください。

ブロック1:市場の天井

まず、自分たちが何兆円の池で泳いでいるのかという数字です。

指標(令和5年度)数値
国民医療費48兆915億円
うち後期高齢者医療給付分17兆2,072億円(約36%)
社会保障給付費 合計135兆4,928億円
うち医療45兆5,799億円
社会保障給付費の対国民所得比30.95%
1人当たり後期高齢者医療費968,102円

国民医療費48兆円、社会保障給付費135兆円。この2つだけでも口から出るようにしておくと、会議で足が止まりません。

もうひとつ、あまり意識されていないけれど効く数字があります。制度による1人当たり医療費の差です。

制度(令和4年度末)1人当たり医療費
国民健康保険387,410円
協会けんぽ(一般被保険者)204,097円
組合管掌健康保険183,616円

国保と健保組合で、2倍以上の開きがあります。

これは「地域の保険者構成が違えば、同じ診療をしていても収益構造が違う」ということなんですよね。自院の患者さんの保険証の内訳を思い浮かべてみてください。都市部の企業健保中心のエリアと、国保と後期高齢者が中心のエリアでは、そもそも前提が違う。他院のベンチマークをそのまま当てるのが危ないのは、ここが理由です。

ブロック2:供給側は「縮みながら分かれている」

ここがいちばん経営判断に直結します。

指標令和2年令和6年
病院数8,2388,060
地域医療支援病院652707
一般診療所102,612105,207
総病床数1,507,5261,469,845
療養病床289,114268,521
一般病床887,920879,728

4年で病院は178施設減りました。年45施設のペースです。病床は37,681床減っていて、その減少の大半(20,593床)が療養病床から出ている。

ところが同じ4年で、地域医療支援病院は55施設増えています。一般診療所も2,595施設増えた。

総量は縮んでいるのに、ある類型だけが増えている。これは「病院が減っている」という一言では説明がつかない動きです。縮小と機能分化が同時に起きていて、どちらの側に立つかを選ばされていると読むほうが実態に近い。

療養病床を抱えている病院にとって、この20,593床という数字はかなり重い意味を持ちます。全国で年に5,000床ずつ消えている流れの中に、自院の病棟が置かれているということなので。

自院はこの4年で、どちら側に動いたでしょうか。

ブロック3:需要側は減らない。減るのは支える側

1日あたりの推計患者数は、入院117.5万人・外来727.5万人(令和5年)。

傷病別の入院患者数を見ると、思い込みが崩れます。

傷病分類入院患者数(千人/日)
精神及び行動の障害213.1
循環器系の疾患182.5
神経系の疾患123.2
新生物118.8
呼吸器系の疾患83.5
筋骨格系及び結合組織の疾患73.6

入院のトップは精神及び行動の障害です。がんでも心疾患でもない。病床の内訳で精神病床が316,147床と全体の2割を占めているのは、この需要があるからなんですよね。

外来は構成が違って、消化器系123.6万人、循環器系84.2万人(うち高血圧性疾患が60.6万人)、筋骨格系80.5万人。外来は慢性疾患の管理が中心だということが、数字の形からそのまま読めます。

そして人口。ここが最終的にいちばん効きます。

年次総人口65歳以上生産年齢人口
令和6年1億2,380万人3,624万人(29.3%)7,373万人
令和17年1億1,664万人3,773万人(32.3%)6,722万人
令和27年1億880万人3,945万人(36.3%)5,832万人

注:令和7年以降は国立社会保障・人口問題研究所の中位推計です。

高齢者はまだ増えます。令和27年まで増え続けて3,945万人。 一方で生産年齢人口は7,373万人から5,832万人へ、21%減る。

よく「人口が減るから患者も減る」と言われますが、少なくとも今後20年はそうなりません。患者は減らずに、支える側だけが2割消える。これが医療経営でいちばん効いてくる構造です。

もうひとつ添えておくと、65歳以上の世帯員がいる単独世帯は671.7万世帯(令和2年)。平成17年の386.5万世帯から1.74倍になっています。退院支援が止まる理由、身元保証でつまずく理由は、この数字に出ています。

ブロック4:人材。この1行が採用会議を変える

医療・福祉で働く人は922万人。全就業者6,781万人の13.6%です。15人に2人が医療・福祉で働いている計算になります。

職種別に見ると、令和4年末で医師34.3万人(人口10万対274.7)、看護師131.2万人、薬剤師32.4万人。准看護師は30.4万人(平成30年)から25.4万人(令和4年)へ、4年で5万人減りました。

そしてさらに、給与面で重要な事実があります。

医療・福祉の給与は、全産業平均より約11%低い。製造業とは10万円の差があります。

産業月間現金給与総額(令和6年)
調査産業計347,994円
医療、福祉310,560円
製造業412,916円
情報通信業527,751円
宿泊業、飲食サービス業140,437円

採用がうまくいかないとき、院内の議論は「求人媒体が悪い」「見学の受け入れ方を変えよう」という方向に流れがちです。もちろんそれも要るんですが、そもそも産業として11%ビハインドの場所から人を採ろうとしているという前提は、最初に共有しておいたほうがいい。

この数字を出すと、会議の論点が「どう採るか」から「誰と競合しているのか」に移ります。打ち手の筋がよくなるんですよね。

ブロック5:経営指標。病院の約7割が赤字です

ここだけは「日本の統計」には載っていません。別の2つの資料を使います。

ひとつは福祉医療機構(WAM)の経営分析参考指標。有料頒布ですが、ダイジェスト版のPDFは無料で読めます。融資先の決算データが元なので、実額ベースの指標が並びます。

もうひとつは厚生労働省の医療経済実態調査。2年に1回で、第25回(2025年11月公表、2024年度決算)が最新です。診療報酬改定の議論に直接使われる調査なので、改定の方向を読むならこちらになります。

病院類型ごとの経営状況(WAM・2024年度決算)

指標一般病院療養型病院精神科病院
病床利用率80.7%87.7%83.5%
平均在院日数17.7日76.4日248.4日
人件費率53.2%60.3%63.3%
医業収益対医業利益率▲1.9%1.0%▲2.5%
労働分配率103.8%98.3%104.1%
赤字施設の割合58.3%44.1%56.9%

注:WAMの数字は病床利用率です。自院で「稼働率」を見ている場合は、次項のとおり定義が違います。

「利用率」と「稼働率」は、別の指標です

ここで用語を整理させてください。自院の数字を外部と見比べるとき、いちばんズレるのがここなんです。

指標計算式
病床利用率在院患者延べ数 ÷(病床数 × 日数)
病床稼働率(在院患者延べ数 + 退院患者数)÷(病床数 × 日数)

在院患者延べ数は「毎日24時現在の入院患者数の合計」です。24時の時点ですでに退院した人は数に入らないので、利用率には退院日が含まれません。稼働率はそこに退院患者数を足します。ベッドは退院日も使われている、という考え方ですね。

当然、稼働率のほうが高く出ます。回転の速い急性期なら5ポイント前後ずれることも珍しくありませんし、集計の仕方によっては100%を超えます。

揺れるのは分子だけではありません。分母を許可病床で取るか、実際に運用している病床で取るかでも変わります。運用病床は許可病床より少ないので、そちらで割れば率は上がる。分子と分母の組み合わせで、同じ病棟から4通りの数字が出せてしまうわけです。

そしてここが肝心なんですが、稼働率には公的な統一定義がありません。 病床機能報告でも病院報告でも、使われているのは「病床利用率」のほうです。稼働率は各病院が経営管理のために使っている言葉なので、定義は病院ごとに違います。

つまり多くの病院は、定義の揃っていない自院の数字を、公的統計の平均と並べて良し悪しを論じていることになります。

自院の月次資料に出ている数字は、どちらの式でしょうか。分母は許可病床ですか、運用病床ですか。即答できないなら、まずそこからです。「何%か」より先に「どの式か」。5ポイントは平気でずれます。

集計は一般病院1,433施設、療養型631施設、精神科327施設。医育機関附属病院と医師会立病院、開設後1年未満の病院は除かれています。ここでの「赤字施設」は経常利益が0未満の施設です。

前年度と比べると、赤字施設の割合は一般病院で51.0%→58.3%、精神科病院で41.9%→56.9%。精神科は1年で15ポイント悪化しています。

医療経済実態調査のほうはもっと厳しい数字が出ていて、2024年度の一般病院は1施設当たり損益率(平均値)が▲7.3%。開設者別に割ると、医療法人▲1.0%、公的▲4.1%、国立▲5.4%、公立▲18.5%。同じ「一般病院」でも、開設主体によって17ポイント以上の開きがあります。

赤字の病院がどれだけあるかは、実調と併せて中医協に出されたMCDBの特別集計で見られます。2024年度に医業利益率が赤字だった病院は全体67.2%、一般病院に限ると72.7%、療養型53.0%、精神科66.0%。実調本体の数値ではないので、引用するときは出どころを分けて書いてください。

WAMの58.3%とMCDBの72.7%が食い違って見えますが、これは見ている利益段階が違うだけです。WAMは経常赤字、MCDBは医業利益の赤字。本業だけで見れば7割超、営業外収益や補助金まで入れれば6割弱、という読み方になります。数字を引くときは、どちらの話をしているのかを先に決めてください。

利用率82%は、良いのか悪いのか

冒頭で投げた問いに、ここで答えが出ます。

一般病院の平均病床利用率は80.7%。なので82%は平均よりやや上です。それだけなら「まずまず」で終わります。

でも、そこで止めないための材料があります。一般病院の病床利用率は、2023年度の78.3%から2024年度の80.7%へ2.4ポイント上がっています。

ところが同じ1年で、赤字施設の割合は51.0%から58.3%へ7.3ポイント増えました。

利用率が上がったのに、赤字の病院は増えている。

つまり病床の埋まり具合は、単独では収支を決めていません。82%で回っていても赤字の病院はあるし、同じ82%で黒字の病院もある。平均より上か下かを言うだけでは、まだ何もわかっていないんですよね。見るべきは病床が埋まっているかどうかより、その病床を何人で、いくらの人件費で支えているかです。

ここで効いてくるのが人件費率と労働分配率です。

WAMの定義では、人件費率は人件費÷医業収益。労働分配率は人件費÷付加価値額で、付加価値額は医業収益から経費・医療材料費・給食材料費・減価償却費を引いたものです。

つまり一般病院の労働分配率103.8%は、稼ぎ出した付加価値を超えて人件費を払っている状態を指します。前年度も104.4%なので、一時的なぶれではありません。

自院の人件費率が58%だったとして、「高い」で止まるか、「一般病院平均53.2%より5ポイント高く、療養型60.3%の水準に近い」と置けるかで、次の一手が変わります。

自院の数字と、どう接続するか

暗記しただけでは使えません。ぼくがやっているのは、自院の指標に外側の数字を1つずつ紐づけておくことです。

自院で毎月見ている数字隣に置く外部の数字
病床利用率一般病院80.7%・療養型87.7%・精神科83.5%(WAM)
平均在院日数一般17.7日・療養76.4日・精神248.4日(WAM)
人件費率一般53.2%・療養60.3%・精神63.3%(WAM)
経常利益・損益率一般病院▲7.3%。開設者別で医療法人▲1.0%〜公立▲18.5%(実調)
黒字か赤字か医業利益率が赤字の病院は一般病院で72.7%(MCDB特別集計)
病床数の増減病院8,060施設(年45施設減)/療養病床4年で▲20,593床
外来患者数外来727.5万人/日の傷病構成(消化器・循環器・筋骨格が上位)
患者の保険種別構成国保387,410円 vs 健保組合183,616円
看護職の採用充足率・離職率医療福祉の給与310,560円(全産業平均比▲11%)
退院支援の滞留日数高齢者のいる単独世帯671.7万(17年で1.74倍)

会議資料に全部書く必要はありません。むしろ書かないほうがいい。

使うのは、議論が止まったとき1つだけです。「稼働率が下がった、どうしよう」で手が止まったときに「全国では病院が年45施設ずつ減っていて、療養病床は4年で7%縮んでいます」と置く。そこから話が構造の話に移る。

数値感覚というのは、暗記した数字をたくさん出すことではなくて、どの1つを、どのタイミングで置けるかなんだと思っています。たぶん、ぼくが会議で失敗したのもここなんですよね。

正直に言うと、これだけでは足りません

ここは書いておきたいところです。「日本の統計」は骨格を掴むには良い資料ですが、これ単体では医療経営の実務に届きません。

経営指標が一切載っていません。 利益率も人件費率も、病床利用率も平均在院日数もない。だからブロック5は、WAMと医療経済実態調査で埋めました。この2つはセットで要ります。

病床機能報告の区分がありません。 高度急性期・急性期・回復期・慢性期の内訳は載っていない。実務でいちばん使うのはそこなので、地域医療構想のデータは別立てで要ります。

都道府県別がありません。 医療施設数と病床数は全国計だけです。地域で議論するなら医療施設調査の原本に当たることになります。

タイムラグがあります。 2026年版なのに、国民医療費は令和5年度(2023年度)、推計患者数も令和5年。「最新では」と言うときは年度を必ず添えてください。ここを曖昧にすると、知らない人に見えるより始末が悪い。

調査の周期が揃っていません。 「日本の統計」は毎年更新、WAMのダイジェストも毎年、でも医療経済実態調査は2年に1回で次回は2027年です。3つを並べるときは、どの年度の数字なのかを揃えてから比べてください。

なのでこの資料の役割は、年に1回さらって骨格を更新するところまでだと割り切っています。個別病院の診断ツールではありません。

あと細かい点ですが、この数字を資料に引用するときは「出典 総務省統計局『日本の統計2026』」と明記するルールになっています。PDFの冒頭にそう書かれているので、院内資料でも守っておいたほうが無難です。

まずは4つだけ覚えてください

全部覚える必要はありません。会議で足が止まらないために、まずこの4つです。

  1. 国民医療費48兆915億円(令和5年度)。うち後期高齢者分が約36%
  2. 病院8,060施設、病床1,469,845床(令和6年)。年45施設ずつ減っている
  3. 一般病院の損益率▲7.3%、医業利益率が赤字の病院は72.7%(2024年度)
  4. 医療・福祉の給与310,560円。全産業平均347,994円より約11%低い

この4つが口から出るだけで、だいぶ違います。ぼくはあの会議のあと、まずここから入れ直しました。

そのうえで、今週中にひとつやってみてください。自院の月次資料を開いて、いちばん上に載っている数字の横に、外部の数字を1つ書き足す。 それだけです。

稼働率の横に「全国の病院は年45施設減」。看護師充足率の横に「医療福祉の給与は全産業平均比▲11%」。

書き足した瞬間に、その数字が何を意味していたのか、少し違って見えてくるはずです。ぼくはそこからでした。


出典