同窓会の案内が届いたとき、ぼくは2秒くらいで迷いました。

行くべきか、やめるべきか。

結論から言うと、断りました。

理由はシンプルで、「子供たちを家に残して出かけることに、どうしても気持ちが追いつかなかった」からです。

うちには4人の子供がいます。長男は小学生。下の3人は保育園。そのうち2人は自閉症で、加えて多動があります。

「行っている間、大丈夫だろうか」 「何かあったら」 「出かけていいのかな、自分」

こういう思考が頭の中を占拠して、気づいたら「やっぱり行くのをやめよう」ってなっていました。

そして、そんな自分に対して、また別の感情が湧いてくるんです。

「こんなに気になってしまう自分は、なんか弱いんじゃないか」

そう思ったことのある親御さん、ぼくだけじゃないはずです。


「後ろ髪を引かれる」のは、弱さじゃない

正直に言います。

ぼくはしばらくの間、「外出時に子供のことが気になってしまう自分」を、どこか恥ずかしいことだと思っていました。

薬剤師として15年以上働いてきて、40歳を超えてから病院経営コンサルタントに転職した。エージェント全員に「難しい」と言われながら、115社に応募して、114社落ちて、最後の1社で内定をもらった。

そういう、ある意味で図太い経験をしてきたぼくが、子供を家に残して外出するだけでこんなに気になるのか、と。

でも、よく考えてみると、むしろ逆なんですよね。

後ろ髪を引かれるのは、子供のことをちゃんと見ているから。

それが気にならなくなったとき、それは「慣れ」なのか、それとも「心が疲れ果てた」ということなのか。そっちの方が怖い気がするんです。

障がいのある子を育てているパパ・ママの皆さんにとって、「外出すること」はどういう意味を持っていますか?


「息抜き」することへの罪悪感、どこから来るんだろう

児童発達支援に子供たちを送り出して、自分だけが残る時間。

正直、最初は何をしていいかわからなかったです。

「この時間に休んでいいのか」 「何か生産的なことをしなければ」 「ぼうっとしている場合じゃない」

そんな思考が邪魔をして、せっかくの一人の時間に心から休めない。

これ、障がい児を育てる親御さんに、すごく多いパターンだと思っているんです。

原因のひとつは、育てることへの義務感じゃないかと思っています。

誤解してほしくないんですが、義務感は悪いことじゃない。むしろ、それが子育ての根幹を支えている面もあります。ぼく自身も、正直なところ「授かった命を育てる責任」という感覚で、しんどいときでも踏ん張れていることがあります。

でも、義務感だけで走り続けると、必ずどこかでガス欠になる。

「休んでいい」じゃなくて、「休まないと、長く走れない」んです。

マラソンで言えば、途中の給水所を素通りしながら42キロ走り切ろうとしているようなもの。理屈はわかっていても、止まることに罪悪感を感じる。

その感覚、間違いじゃないけど、少しだけ手放す練習が必要かもしれません。

あなたが最後に「罪悪感なく休めた」のはいつでしたか?


外出を「許可」する考え方

ぼくが少しずつ楽になっていったのは、「外出=逃げる」じゃなくて「外出=充電する」という考え方に切り替えてからです。

座右の銘は「刺激があるから人生は愉しい」。

障がいのある子を育てる毎日には、もちろんたくさんの刺激があります。笑 でも、それが消耗につながる刺激じゃなくて、喜びになる刺激も必要で、そのためには外の風が必要なんです。

具体的にぼくが実践していることを、いくつか紹介します。

① 「行く目的」を小さく具体的にする

「息抜きに出かけよう」だと、なんとなく罪悪感が残る。

でも「1時間だけ、あのコーヒーショップで一人で本を読む」だと、なぜかハードルが下がる。

目的が明確だと、帰ってくる時間も決まるし、子供への引き継ぎもしやすい。なにより、「何をしに行ったか」が自分の中で完結するので、後悔が残りにくいです。

② 出発前に「5分だけ」状況確認する

「今から出かけるけど、何かある?」を、子供と一緒にいる妻や、発達支援のスタッフさんに確認してから出かける。

これをするだけで、「もしかしたら」という不安の多くが解消されます。確認することを恥ずかしいと思わなくていい。むしろ、確認してから出かけるのは、責任ある行動だと思っています。

③ 戻ってきたら「ただいま」じゃなくて「おかえり」を引き出す

ぼくが外出から戻ると、子供たちが玄関に走ってくることがある。

あれ、なんか好きなんですよね笑

「出かけてよかった」という実感と、「戻ってきてよかった」という充足感が同時にやってくる瞬間。そういう小さな喜びを意識して積み重ねると、「外出することへの罪悪感」が少しずつ薄れていく気がします。

障がいのある子の親でも、外出していい。ちゃんと戻ってくる前提で、少し自分を解放していい。

そうやって、自分に「許可」を出すことが、意外と大事なんだと気づきました。

あなたが「これなら罪悪感なく出かけられる」と思える条件は何ですか?


それでも罪悪感が消えないとき

正直に言います。

ぼくは今でも、子供たちを残して外出するときに、後ろ髪を引かれることがあります。

特に、下の子が体調不良気味のときや、昨日ちょっと荒れていたな、というときは、玄関を出てからも気になってしまう。

でも、それでいいと思っています。

気になるから立ち止まる、じゃなくて。気になりながらも、ちゃんと戻ってくる前提で、一歩踏み出す。

それがぼくなりの、「障がい児の親としての外出の仕方」になってきた気がします。

転職活動で114社落ちたときも、「次があるから大丈夫」じゃなくて、「次があると信じながらも、不安は消えなかった」。それでも応募し続けた。

罪悪感や不安は、消えなくていい。ゼロにしようとしなくていい。あると知りながら、それでも動く。

それが、長く走り続けるコツだとぼくは思っているんです涙


まとめ:後ろ髪を引かれる自分を、責めなくていい

  • 外出時に子供のことが気になるのは、弱さじゃない
  • 「息抜きへの罪悪感」は多くの親御さんが感じていること
  • 「逃げる」じゃなく「充電する」と捉え直すことで、少しだけ楽になる
  • 罪悪感はゼロにしなくていい。あると知りながら、動く

障がいのある子を育てながら外出することへの葛藤、完全に消える日は来ないかもしれない。でも、少しずつ「自分に許可を出す練習」を積み重ねると、確実に変わっていきます。

「刺激があるから人生は愉しい」が座右の銘のぼくも、まだ練習中です笑

まずは今週、30分だけ、あなたのための時間を作ってみてください。