「一次情報に当たれ」

コンサルの仕事を始めてから、社内や上司に何度か言われた言葉です。

正直に言うと、最初はピンと来ていなかったんです。

ぼくは前職で17年以上、ドラッグストアの薬剤師をしていました。薬剤師にとって「一次情報」と言われて真っ先に浮かぶのは、原著論文です。だから「一次情報に当たれ」と言われるたびに、頭のどこかで「元の論文を読め、ということかな」と変換していたんですよね。

でも、どうも話が噛み合わない。

上司が言っていたのは、たぶんこういうことだったんです。

「自分の手と足で現場に行って、何が起きていて、何が問題で、何が課題(イシュー:問題の核心)なのかを見出してこい」


イシューからはじめよ――知的生産の「シンプルな本質」

そう気づいたのは、言われてからずいぶん経ってからでした笑

同じ「一次情報」という言葉なのに、指しているものがまるで違う。これは、ぼく一人の勘違いでは済まない話だと思っています。病院では、医療の言葉とビジネスの言葉が同じ会議室で飛び交います。そして言葉の定義がズレていると、議論はどこまでも平行線になるからです。

この記事では、医療とビジネスで「一次情報」の意味がどう違うのかを整理します。そのうえで、すれ違わないための言い換えを考えてみます。

薬剤師だったぼくにとって、一次情報は「論文」だった

薬学部や薬剤師の現場では、医薬品情報(DI)の分類として次のように習います。

  • 一次資料:原著論文(臨床試験や症例報告など、研究者が最初に発表したもの)
  • 二次資料:一次資料を探すための索引・抄録・データベース(PubMed、医中誌Webなど)
  • 三次資料:一次資料をまとめ、解釈したもの(教科書、診療ガイドライン、添付文書、インタビューフォームなど)

ここでの軸は、元の研究からどれだけ加工されているかです。

日々の業務で便利なのは、圧倒的に三次資料です。添付文書を開けば、必要なことはだいたい書いてあります。

ただ、三次資料には必ず誰かの解釈が入っています。だから判断に迷うときや、資料同士の記載が食い違うときは、元の論文に戻って自分で確かめる。薬剤師として、そう教わってきました。

あなたの職場では、「一次情報」と聞いて何を思い浮かべますか?

コンサルの世界では、一次情報は「現場」だった

一方、コンサルティングや知的生産の世界で「一次情報」というと、意味が変わります。

  • 一次情報:自分が直接見聞きしたもの(現場の観察、当事者へのヒアリング、院内の生データ)
  • 二次情報:他人がまとめたもの(報告書、業界記事、統計資料、誰かの要約)

こちらの軸は、自分が直接触れたかどうかです。

上司の言葉を振り返ると、ポイントは「情報を集めてこい」ではなかったんだと思います。

何が起きているのか(事実)。
何が問題なのか(あるべき姿とのギャップ)。
何が課題なのか(手を打つべき核心)。

この三段階を、他人のまとめに頼らず自分の目で見出してこい。一次情報は「集めるもの」ではなく「見出すもの」だった、ということなんですよね。

あなたが最後に、自分の目で現場を見に行ったのはいつですか?

違いは「何を元とみなすか」にある

二つの定義を並べてみます。

医療(EBM・DI)コンサル・知的生産
「元」とみなすもの体系的に記録された研究自分が直接観察した現実
一次・二次を分ける軸文献の加工段階観察者との距離
重視する価値一般化できるか、偏りを抑えているかその組織固有の文脈、解像度
現場の声の位置づけエビデンスとしては下位最も価値の高い情報

どちらも「元の事象からの距離」で一次・二次を分けている点は同じです。違うのは、何を「元」とみなすかです。

その違いは、求めている問いの違いから来ています。

医療が知りたいのは、「一般に、何が起こるか」。
コンサルが知りたいのは、「この病院で、何が起きているか」。

問いが違うのだから、頼りにする情報が違うのは当然なんです。

実は、言っていることの「精神」は同じだった

ここまで書いてきて、ひとつ気づいたことがあります。

薬剤師時代に教わった「ガイドラインを鵜呑みにせず、元の論文に戻れ」。
コンサルで言われた「報告書を鵜呑みにせず、現場に行け」。

この二つは、根っこで同じことを言っているんですよね。

他人の解釈を通さずに、自分で確かめろ。

定義は違っても、精神は同じだったんです。上司の「一次情報に当たれ」が最初わからなかったのは、言葉の定義に引っ張られて、この精神のほうに目が向いていなかったからなんだと思います。

あなたが普段頼りにしている情報は、誰の解釈を通ったものでしょうか?

同じ「現場の声」が、最上位にも最下位にもなる

定義のズレが厄介なのは、同じ情報の価値が、立場によって正反対になることです。

たとえば、こんな会議の場面を想像してみてください。

業務改善の会議で、事務部門の担当者が「病棟の看護師さんたちに直接ヒアリングしてきました。これが一次情報です」と報告します。すると医師から「それは数人の印象ですよね」と返ってくる。

逆のパターンもあります。医師が「論文では、この取り組みで効果が出ています」と示すと、事務側は内心「それは、うちの病院の話ではないのでは」と感じている。

どちらも間違ってはいません。

EBMの考え方では、個人の意見や経験談はエビデンスの階層の中で下位に置かれます。一方でコンサルの考え方では、当事者の声こそが最も価値のある情報です。同じ「現場の声」が、片方では最上位に、もう片方では最下位に置かれてしまう。

ここに気づかないまま議論すると、お互いに「わかってもらえない」という感覚だけが残ります。

最近の会議で、同じ言葉を別の意味で使っていた場面はありませんか?

どちらの一次情報にも弱点がある

ここで、どちらかが正しいという話にはしたくないんです。どちらの一次情報にも、弱点があります。

まず医療側について。EBMは、現場や患者を無視しているわけではありません。EBMの考え方では、研究のエビデンスだけでなく、臨床家の専門性、患者の価値観、目の前の臨床状況を統合して判断するとされています。現場の情報は「一次情報」と呼ばれていないだけで、文献の階層とは別枠で大事にされているんです。

裏を返せば、論文だけでは目の前の判断はできない、ということでもあります。

次にコンサル側について。ヒアリングで得られるのは、厳密には「事実」ではありません。「当事者がどう感じ、どう解釈しているか」です。声の大きい人の話に引っ張られたり、聞き手が聞きたい話だけを拾ってしまったりもします。

この弱点を補う方法を磨いてきたのが、医療の世界にもある「質的研究」です。たとえば、複数の立場や情報源で裏を取る。新しい話が出てこなくなるまで聞き続ける。こうした考え方は、コンサルのヒアリングにもそのまま使えます。

あなたが聞いてきた「現場の声」は、何人の、どんな立場の人の声でしたか?

すれ違わないための言い換え3つ

では、どうすればすれ違わずに済むのか。いちばん確実なのは、「一次情報」という言葉を単独で使わないことです。

① 論文を指すときは「原著論文」「臨床研究のデータ」と言う

医療職との会話では、こちらのほうが通じます。

② 現場を指すときは「現場ヒアリング」「実地観察」「院内の実データ」と言う

何をどう集めたのかが伝わるので、相手も情報の重みを判断しやすくなります。

③ 議論の最初に「一般論の話か、この病院固有の話か」を確認する

個人的には、これがいちばん効くと思っています。どちらの一次情報が必要かは、問いの種類で決まるからです。一般論なら論文に、この病院の話なら現場に当たる。それだけで、議論の土台がそろいます。

まとめ:その「一次情報」、論文ですか?現場ですか?

医療の「一次情報」は論文で、ビジネスの「一次情報」は現場です。同じ言葉でも、指しているものが違います。

でも、その奥にある精神は同じです。他人の解釈を通さずに、自分で確かめること。

ぼく自身、薬剤師とコンサルの両方の言葉を使う立場になって、ようやくこのズレに気づけました。

次の会議で「一次情報」と言いそうになったら、一度立ち止まってみてください。そして「論文のことか、現場のことか」を言葉にしてみてください。たったそれだけで、話は驚くほど噛み合うようになりますよ。