「ただ調剤しただけ」は、なぜ言い訳にならないのか——アイヒマン実験と医薬分業の脆さ


昔、ドラッグストアで働いていた頃、こんな瞬間がありました。
処方箋を見て「あれ、これ量おかしくないか?」と一瞬引っかかったのに、受話器を持ち上げるまでに数秒の間があったんです。相手はいつも忙しそうにしている先生。前に照会したときも「そんなことでいちいち」というトーンで返された記憶がある。結局、電話をかけましたが、正直に言うとあの数秒、ぼくの中では「このまま調剤しちゃった方が楽だな」という声が確かに響いていたんですよね。
あの”数秒の迷い”って、一体何だったんだろう。最近そのことをよく考えます。
アイヒマン実験が教えてくれること
心理学者ミルグラムが行った、いわゆる「アイヒマン実験」をご存知の方も多いと思います。権威者から指示を受けた被験者が、罪悪感を覚えながらも他者に危害を加える行動を続けてしまう——あの実験です。
そこから示唆されるのは、こういうことなんです。
誰が責任者なのかがぼやければぼやけるほど、人はその責任を隣の誰かに預けてしまう。そして、預けた瞬間に、自分の中のブレーキ——良心や自制心――が緩んでしまうんです。
これがなぜ厄介かというと、組織が大きいほど「誰が責任者か」はぼやけやすいという性質があるからなんです。だとすれば、組織が大きくなるにつれて、そのブレーキの緩みが引き起こす被害の規模も、比例して大きくなっていく。そういう理屈になります。
この構図、医療現場、特に薬剤師業務にそのまま当てはまるんじゃないか。ぼくはそう思っています。
※この項の着想は、山口周氏の著書『武器になる哲学』(KADOKAWA)内、ハンナ・アーレント「悪の陳腐さ」を扱った章から得ています。

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「処方箋通りに調剤しただけ」は、法律上そもそも言い訳にならない
「処方箋に従って調剤しただけです」
これ、アイヒマンの「命令に従っただけだ」という弁明と、表面的にはよく似た響きを持っていますよね。
でも実はここに、大きな違いがあるんです。
薬剤師法24条にはこう書かれています。
薬剤師は、処方せん中に疑わしい点があるときは、その処方せんを交付した医師、歯科医師又は獣医師に問い合わせて、その疑わしい点を確かめた後でなければ、これによつて調剤してはならない。
つまり、薬剤師には最初から「疑わしい点があれば確認する」という作為義務が課されているんです。違反すれば50万円以下の罰金という罰則規定もある。
アイヒマンの「命令に従っただけ」は、少なくとも法廷では通用しませんでした。それと同じように、薬剤師の「処方箋通りに調剤しただけ」も、法律はそもそも免責事由として認めていないんですよね。
ここ、意外と知られていないんじゃないでしょうか。
判例が示す、本当は曖昧じゃない責任の所在
じゃあ、処方した医師と調剤した薬剤師、責任の所在ってどうなっているのか。
「結局、指示を出したのは医師だから、薬剤師の責任は軽いのでは」——そう感じる方もいるかもしれません。でも判例を見ると、実態はちょっと違うんです。
東京地裁平成23年2月10日判決(判例タイムズ1344号90頁)は、常用量の5倍量が処方され、それに気づかず調剤した薬剤師の責任が争われた事案です。判決はこう述べています。
薬剤師の疑義照会義務は、薬剤の名称・分量・用法用量が形式的に記載されているかという表面的な確認にとどまらず、その用法用量が適正かどうか、相互作用がないかといった実質的な内容にまで及ぶ、と。
この事案では、処方医だけでなく調剤・監査を行った薬剤師にも損害賠償責任が認められました。民法719条の共同不法行為として、両者が連帯して責任を負う構図です。
つまり、法的にはこういうことなんです。
責任の所在は曖昧じゃない。医師にも薬剤師にも、それぞれ独立した責任が明確に存在する。
曖昧なのは法律の方じゃなくて、現場の心理と空気の方なんですよね。ここがミルグラムの実験と重なる部分だと、ぼくは思っています。法律という「明確な責任の枠組み」があるにもかかわらず、権威勾配や組織の圧力が、その枠組みを心理的に無効化してしまう。
それでも照会をためらわせる、4つの構造
じゃあ、なぜ現場では「疑わしい」と思っても、その一歩が踏み出しにくいのか。ぼくは大きく4つの構造があると考えています。
①病院と薬局のあいだにある「情報の非対称性」
正直に言うと、ぼくは肩書きそのものを気にする性分じゃないんです(笑)。だから「医師の方が格上だから照会しづらい」という説明は、ちょっと自分の実感とズレるんですよね。
でも、じゃあなぜあの独特の「聞きにくさ」が生まれるのかを考えていくと、行き着くのは肩書きの話じゃなくて、情報量の差なんじゃないかと思うんです。薬剤師の手元にあるのは処方箋一枚の情報だけ。診断名も、検査値も、患者さんの経過も、こちらは基本的に見えていません。相手は全体像を見た上で判断しているのに、こちらは処方箋という「結果」しか受け取っていない。この情報の非対称性が、なんとなくの「格上感」の正体なんじゃないでしょうか。
ここ、実は少しずつ変わりつつあります。マイナ保険証と連動した電子カルテ情報共有サービスでは、患者さんの同意があれば、傷病名・薬剤アレルギー・感染症情報・検査値・処方といった「6情報」を薬剤師も閲覧できる仕組みが整備されつつあるんです。情報の非対称性が薄れていけば、あの謎の「聞きにくさ」も、自然と解消されていく部分があるかもしれません。
あなたが照会をためらう瞬間、それは本当に相手の”格”のせいでしょうか。それとも、自分の手元にある情報が足りないことへの不安だったりしませんか。
②医師を怒らせると、会社での評価が下がるという空気
これは断定できることではなく、あくまでそういう体験談や噂を耳にすることがある、というレベルの話です。「照会して医師の機嫌を損ねると、会社からの評価が下がり、キャリアや待遇面で不当に不利になりうる」——そういう空気が、現場にじわっと漂っていることがあります。実際にそうなるかどうかより、「そうなるかもしれない」という漠然とした予期不安そのものが、行動を抑制する要因になっている——これはまさにミルグラム的な構図なんですよね。罰そのものではなく、権威への漠然とした不安で行動が変わる。
その空気、誰かが実際に不利益を被ったのを見たことがありますか。それとも、いつの間にか職場の空気として伝わってきただけでしょうか。
③会社側の経済的圧力
調剤基本料や調剤料は「調剤すること」自体が収益源です。照会の結果、処方が変更・中止になれば、会社としては数字が下がる。経営者が直接「照会するな」と口にしなくても、評価制度やKPIの設計が、間接的に照会を抑制する仕組みになっていないでしょうか。
薬局開設者側には民法715条の使用者責任も及ぶ規定がありますが、現場の薬剤師個人がそれを盾に照会を後押しされる場面は、正直あまり見たことがありません。
あなたの職場で、疑義照会の件数は評価項目に入っていますか。それとも「照会しない方が回転が早い」という空気の方が支配的でしょうか。
④任意分業という制度そのものの脆さ
日本の医薬分業は、法律上「義務」ではなく「任意」です。院内処方を選ぶ医療機関も存在し、分業の実効性は個々の医療機関と薬局の関係性に委ねられている部分が大きい。
この「任意」という一点が、実はものすごく大きな歪みを生んでいるんじゃないか、とぼくは思っています。
任意だからこそ、医師や医療機関の側が「もうあの薬局とは付き合いたくない」と思った瞬間に、処方箋の流れは実質的に変わりうるんです。もちろん、療養担当規則(療担規則)第2条の5では「特定の保険薬局への誘導の禁止」が明文で定められていて、医療機関が患者に「この薬局で受け取ってください」と直接指示することは禁止されています。患者さんには、どの薬局で調剤を受けるかを選ぶ自由が、建前上はちゃんと保障されているんです。
でも、院内処方に切り替えるという選択肢そのものは、医療機関側に常に残っています。処方箋自体を出さなくなれば、「誘導の禁止」がどうであれ、その薬局には何も来なくなる。しかも現実には、患者さんの多くは受付近くの薬局や、いつもの導線をそのまま辿るものなので、明確な「指示」がなくても、環境や案内の仕方ひとつで処方箋の流れは緩やかに変わっていくものなんですよね。薬局側にその流れを「引き止める」法的な権利は、ほとんどありません。
処方箋が来なくなれば、当然その分の売上は落ちます。売上が落ちれば、その薬局・店舗の評価は下がる。評価が下がれば、そこで働く薬剤師個人の人事評価にも響く。下手をすれば、異動や昇進、ボーナスといった、その人のキャリアそのものに跳ね返ってくる。
つまり構造としては、こうなっているんです。**一つの医療機関の機嫌ひとつで、まったく別の会社である薬局・ドラッグストアの、いち従業員の人事にまで影響が及びうる。**これ、冷静に考えるとかなり理不尽な話ですよね。医師個人にそのつもりがなくても、「分業をやめる」というカードを握っているという事実だけで、薬剤師側には忖度が発生する土壌ができてしまう。疑義照会をためらう心理は、権威への漠然とした畏れだけじゃなくて、こういう具体的な経済構造の裏付けがあるからこそ、根が深いんだと思います。
一番怖いのは、ここなんです。正しい疑義照会をしたことが、回り回って自分のキャリアや評価にとってマイナスに働きかねないという構造。良心に従って行動した人が、人生において損をする可能性がある——これ、本来あってはならないことのはずなんですよね。
制度が任意である以上、「気まずい思いをしてまで照会する」というインセンティブは、法律ではなく個人の職業倫理にかなりの部分を依存してしまっています。これって、制度が個人の良心に責任を丸投げしている状態だとも言えるんです。
もし医薬分業が「任意」ではなく「義務」だったら、この空気は変わっていたと思いますか。それとも、義務化したところで、別の形で同じ忖度構造が生まれるだけなんでしょうか。
希望の光——たった一つの異論が、人を正気に戻す
ここまで、権威に対して人間がいかに脆いか、という話を続けてきました。でも、この実験にはもう一つ、見逃せない設定があるんです。
実験担当者を一人ではなく二人にして、被験者の目の前でその二人の意見をわざと割れさせるパターンです。片方は「続けろ」、もう片方は「もうやめよう」——そういう対立が起きた瞬間、結果は劇的に変わりました。被験者は全員、いつもよりずっと早い段階で電圧を上げる手を止めたんです。
ここから読み取れることは大きいと、ぼくは思っています。人は権威の前では驚くほどあっさり判断を明け渡してしまう生き物だけど、その一方で、たった一人でも「それ、ちょっとおかしくないですか」と言ってくれる誰かがいれば、自分自身の良心を取り戻せる。しかも、その”たった一人”は権威と同じ立場の人間である必要すらないんです。
裏を返せば、悪い流れが組織全体を飲み込んでしまうかどうかは、最初にブレーキをかける一人がその場にいるかどうかで決まる、ということなんですよね。
構造を見抜き、仕組みに変える
法律は、責任の所在をちゃんと明確にしてくれています。曖昧なのは、それを実践に移すための「仕組み」の方なんです。
だとすれば、個人の勇気や良心に期待するのではなく、仕組みの側で解決するしかないと、ぼくは思っています。
疑義照会のフローをプロトコル化して「聞きやすさ」を制度として担保すること。照会を評価上のマイナスではなく、むしろ患者安全に貢献する行動として可視化すること。医師側にも「照会は攻撃ではなく協働のプロセスだ」という認識を共有してもらうこと。
そしてもう一つ、さっきの実験結果を踏まえるなら——「異論を挟んでもいい」という空気そのものを、組織の中にあらかじめ用意しておくことが大事なんだと思います。誰か一人が孤立無援で声をあげる構図ではなく、「それって本当に大丈夫ですか??」と誰かが言った瞬間に、周りも「たしかに」と言いやすい土壌があるかどうか。それだけで、現場は変わり得るんです。
これは薬剤師個人の頑張りでどうにかなる話ではなく、組織設計そのものの問題なんですよね。
さいごに
アイヒマンになるかどうかは、個人の良心の強さだけでは決まりません。それを許してしまう仕組みがあるかどうか、で決まるんです。
でも裏を返せば、良心を後押しする仕組みも、ちゃんと作ることができるということなんですよね。たった一つの「それ、おかしくないですか?」が場の空気を変える力を持っている——これは、現場で日々奮闘している薬剤師さんにとっても、そういう声をあげやすい職場を作ろうとしている薬局経営者さんにとっても、希望だとぼくは思っています。
もしあなたが薬剤師として、あるいは薬局や医療機関を経営する立場として、この記事を読んで少しでも引っかかることがあったなら。まずは自分の職場で、「疑義照会がしやすいかどうか」を一度、仕組みの目線で見直してみてください。
その小さな一歩、そして「最初の一言」を言いやすくする仕組みが、組織の肥大化とともに悪事もスケールしていくという構図を、確実に変えていくはずなんです。
参考法令・判例・資料
- 薬剤師法(昭和35年法律第146号)第24条(処方せん中の疑義) https://laws.e-gov.go.jp/law/335AC0000000146
- 民法(明治29年法律第89号)第415条(債務不履行)/第709条(不法行為)/第715条(使用者責任)/第719条(共同不法行為) https://laws.e-gov.go.jp/law/129AC0000000089
- 刑法(明治40年法律第45号)第211条(業務上過失致死傷等) https://laws.e-gov.go.jp/law/140AC0000000045
- 保険医療機関及び保険医療養担当規則(昭和32年厚生省令第15号)第2条の5(特定の保険薬局への誘導の禁止) https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100015
- 保険薬局及び保険薬剤師療養担当規則(昭和32年厚生省令第16号)第19条の3 https://laws.e-gov.go.jp/law/332M50000100016
- 厚生労働省医政局「電子カルテ情報共有サービス 概要案内」(令和7年3月)※3文書6情報の内容について https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/001457777.pdf
- 厚生労働省「電子カルテ情報共有サービス」(政策ページ) https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/iryou/johoka/denkarukyouyuu.html
- 東京地方裁判所 平成23年2月10日判決(判例タイムズ1344号90頁) ※判例集掲載のため、無料公開されている本文URLは確認できていません。裁判所ウェブサイトの裁判例検索(https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/search1)または判例データベースでご確認ください。
