先日、ふと「医療業界をポーターの5つの力で分析したらどうなるんだろう」と思ったんです。

MBAの教科書には必ず出てくるフレームワークですよね。でも病院経営コンサルの仕事をしていて、医療にきちんと当てはめて考えたことはありませんでした。ドラッグストアにいた頃は、競合店の出店や価格競争がまさに5つの力そのものだったので、なおさら気になって。

そこでAIと壁打ちしてみました。ぼくが最初に立てた仮説は2つです。

  • 「医療業界」をどう定義するかが重要
  • 何を脅威とみなすかの見極めが重要

この2つ自体は外れていませんでした。ただ、壁打ちを通じてもう一つ、もっと手前にある落とし穴に気づかされたんです。

この記事では、その流れをそのまま共有します。特に、病院経営コンサルになって日が浅い人や、ぼくのように医療職から転身した人に読んでほしい内容です。現場を知っているからこそ、フレームワークを当てはめたときの「なんか違う」感覚に気づけるはずなので。

5つの力をそのまま医療に当てはめるとずれる

まずおさらいです。ポーターの5つの力は、業界の収益性を決める力を次の5つで整理します。

  1. 既存の競合同士の争い
  2. 新規参入の脅威
  3. 代替品の脅威
  4. 買い手の交渉力
  5. 売り手の交渉力

このフレームワークには暗黙の前提があるんです。利益を最大化したい企業が、自由な市場で、価格を通じて競争するという前提です。競合が増えれば値下げ圧力がかかる。買い手が強ければ値引きさせられる。そういう世界観なんですよね。

ところが日本の医療は、この前提が大きく崩れています。

  • 価格が公定:診療報酬は国が決めます。競合が増えても、初診料は値下がりしません
  • 参入が規制されている:病床規制があるので、好きな場所に病院を建てることはできません
  • 利益の分配に制約がある:医療法人は剰余金の配当が禁じられています

ドラッグストアは、OTCや日用品で価格競争をしながら、調剤では公定価格の世界にいる。ハイブリッドな業態なんです。病院はその公定価格側にほぼ全振りしている、と考えると、ドラッグストア出身の人にはイメージしやすいかもしれません。

落とし穴1:「制度(国)」をどこに置くか

これが、ぼくが最初の仮説では抜けていた視点です。

価格を国が決める以上、5つの力は「価格を押し下げる力」としてはほとんど働きません。代わりに効いてくるのは次の3つです。

  • 量:患者数、紹介数、病床稼働
  • コスト:人件費、材料費、委託費
  • 人材の確保

ここで迷うのが、国をどう扱うかなんです。選択肢は2つあります。

  1. 「買い手」の一部(独占的な支払者)として扱う
  2. 5つの力の外側にある「ゲームのルールを決める存在」として扱う

ぼくは2つ目がいいと考えています。制度を外枠として置き、5つの力は「その枠の中で利益がどこに漏れ出しているか」を説明する道具として使う。こう切り分けるだけで、分析がぐっとぶれなくなるんですよね。

ここを曖昧にしたまま進めると、あるときは「診療報酬改定は買い手の圧力」、別のところでは「制度変更は外部環境」と、同じものを違う場所に置いてしまいます。自分で書いていても気づきにくいので、最初に決めておくのが大事です。

落とし穴2:「医療業界」のままでは粗すぎる

仮説の1つ目です。やはりここが一番重要でした。

「医療業界」とひとくくりにすると、大学病院も町の内科クリニックも療養病棟も同じ土俵に乗ってしまいます。そうするとどの力も「強いところもあるし、弱いところもある」になって、結論が出ないんです。

少なくとも次の3つの軸で絞るのが現実的です。

軸切り方なぜ分けるのか
機能急性期/回復期/慢性期/外来/在宅代替品も競合も、機能ごとにまったく違う
地理基本は二次医療圏患者の行動範囲と地域医療構想の単位がほぼ重なる
主体病院か、診療所か診療所は開業が比較的自由で、新規参入の力が別物

たとえば「名古屋市内のある二次医療圏で、急性期と回復期をあわせ持つ200床未満の病院」くらいまで絞る。ここまで来てようやく、意味のある分析になります。

もう一つ大事なのが、ひとつの病院の中に複数の「業界」があるという考え方です。急性期病棟と地域包括ケア病棟では、競合も紹介元も違います。病院単位ではなく、病棟や事業ごとに分けて分析するほうが、打ち手につながりやすいんです。

落とし穴3:脅威をどう見極めるか

仮説の2つ目です。壁打ちを通じて、気をつけることが4つに整理できました。

1. 構造と一時的な動きを分ける

診療報酬改定は2年ごとに来る波です。一方、人口構造や人材不足は動かない地盤です。改定のたびに戦略を揺らすと、波に振り回されてしまうんですよね。戦略の重点は地盤のほうに置きます。

2. 「誰にとっての脅威か」を固定する

同じ在宅医療の拡大でも、入院中心の病院経営者には脅威、新しく参入する事業者にはチャンスです。事業承継で新しい経営者が入る場面だと、さらに見え方が変わります。分析の最初に「これは誰の視点か」を1行書いておくだけで、議論が混ざらなくなります。

3. 競合は同時に連携相手でもある

医療圏の中では、競合病院も患者さんを引き受けてくれる連携先です。地域医療連携推進法人のように、制度としても「協力」が後押しされています。5つの力は敵か味方かの二分法になりがちなので、補完し合う関係も一緒に見ないと、打ち手が「戦う」方向に偏ってしまいます。

4. 5つの力は静止画だと忘れない

5つの力は、ある時点の構造を写した写真です。2040年に向けた新しい地域医療構想のように、制度の外枠そのものが動く局面では、時間の流れを入れたシナリオ分析と組み合わせたほうが安全です。

架空の病院でやってみる:よくある分析と直した分析

ここからは架空の病院で、実際に手を動かしてみます。実在の病院とは関係ありません。

設定:ひだまりヶ丘病院(架空)

  • 愛知県内の人口約25万人の市にある、医療法人の民間病院
  • 168床:急性期一般病棟108床、地域包括ケア病棟60床
  • 外来は内科と整形外科が中心。救急車は二次救急で受け入れている
  • 同じ医療圏に、500床の公立病院と、同じくらいの規模の民間病院が2つある
  • 常勤医師の半分以上が大学医局からの派遣。看護師の採用は紹介会社頼み
  • 電子カルテがあと2年で更新時期。見積もりは前回より大幅に高い
  • ここ数年、駅前に内科と整形外科のクリニックが開業し、在宅専門の診療所も入ってきた
  • 70代の理事長は、そろそろ後継者を考えたいと話している

よくある分析

教科書どおり、病院を丸ごと一つの企業として分析すると、こんな感じになりがちなんです。

力よくある評価
競合同士の争い公立病院と民間病院2つがいて激しい。強
新規参入病床規制があるので心配ない。弱
代替品病院の代わりはない。弱
買い手患者は価格を気にしない。弱
売り手製薬会社や医療機器メーカー。中

結論は「競争が激しいので、救急を強化して公立病院から患者を取り返そう」。一見もっともらしいんですが、設定に書いた医師の派遣依存も、クリニックの開業も、電子カルテの更新も、どこにも出てこないんですよね。ここが問題です。

直した分析

3つの落とし穴を順に埋めていきます。

制度を外枠に置く。 診療報酬改定や地域医療構想は、5つの力の外側に「前提条件」として書き出します。この医療圏では、急性期の病床は減らし、回復期は増やす方向が示されている、という設定にしておきます。

業界を病棟ごとに分ける。 ひだまりヶ丘病院の中には、「急性期」と「地域包括ケア」という別の業界が同居しています。分けてみると、こうなります。

力急性期病棟地域包括ケア病棟
売り手最大の力。医局が派遣を引き揚げたら診療科ごと止まる。看護師も紹介会社頼み。強看護師とリハビリ職の確保が鍵。強
買い手救急隊と近隣クリニックが実質的な買い手。公立病院と比べられる立場。強公立病院が最大の紹介元になりうる。中
競合同士公立病院とは規模も人材も比べると分が悪い。強民間病院2つとの取り合い。中
代替品小さい在宅医療や介護施設。中
新規参入病床規制で小さい在宅専門の診療所が「自宅で看る」選択肢を広げる。中

外来も分けるなら、駅前のクリニックが「新規参入」として、いちばんはっきり出てきます。よくある分析で「弱」とした新規参入も、外来では一番の脅威なんです。

脅威を見極める。 構造的で動かないのは、医師と看護師の確保、そして急性期を縮めるという制度の方向です。電子カルテの更新費は一時的な波ですが、乗り換えにくさを考えると「売り手の力」として無視できません。そして後継者問題があるので、この分析は「いまの理事長」だけでなく「次の経営者」の視点でも読む必要があります。次の経営者から見れば、医局への依存は引き継ぐリスクそのものなんです。

結論はどう変わったか

よくある分析直した分析
公立病院患者を奪い合う競合急性期では競合、地域包括ケアでは最大の紹介元
一番の脅威競合同士の争い売り手(医師・看護師・電子カルテのベンダー)
打ち手救急を強化して患者を取り返す急性期を得意分野に絞り、地域包括ケアを広げて公立病院の受け皿になる。人材の確保と電子カルテの更新を戦略の中心に置く

同じ材料を使っているのに、結論はほぼ逆になりました。「公立病院と戦う」から「公立病院に選ばれる」へ。救急を強化するにも医師が要るので、よくある分析のまま進めていたら、一番弱いところに投資していたかもしれないんですよね。

医療職出身の人なら、この「直した分析」のほうが現場の感覚に近いと感じるはずです。その感覚こそが、フレームワークを正しく使うための武器になります。

まとめ:フレームワークは「ずれ」に気づくために使う

医療をポーターの5つの力で分析するときの落とし穴は3つです。

  1. 制度(国)をどこに置くかを最初に決める
  2. 「医療業界」を機能・地理・主体で絞る
  3. 脅威は「構造か、波か」「誰にとってか」で見極める

正直、ぼくも最初は制度の扱いを意識していませんでした。医療の世界に長くいると、診療報酬が公定価格であることは空気のように当たり前になってしまうんですよね笑

でも、その「当たり前」こそが、一般的なビジネスとの一番大きな違いです。フレームワークをそのまま当てはめて穴埋めするより、「どこがずれるのか」を探すほうが、ずっと深い理解につながります。医療職出身の人は、その「ずれ」に気づく感覚をすでに持っているはずです。

まずは自分が担当している病院をひとつ選んで、病棟ごとに「売り手」と「紹介元」の2つだけ書き出してみてください。それだけで、次に打つべき手の輪郭が見えてきます。