連載「どうせ無理」をほぐす 第3回


第1回で、現場の悲観は事実に裏打ちされていると書きました。第2回で、その無力感を供給しているのは経営側かもしれないと書きました。

ここまでが診断です。今回から治療の話に入ります。

ただ、その前に一線を引かせてください。

心理的なアプローチで、病院の経営難そのものは解決しません。

診療報酬は上がりません。人員配置基準も変わりません。職員の気持ちが前向きになったら黒字化する、なんてことは起きない。ここを曖昧にしたまま「意識が変われば病院は変わる」と言うなら、第1回でぼくが批判した精神論と同じです。

その上で、それでも動かせる領域はあります。今回はその見つけ方の話です。


第1回で書いてもらった紙を、出してください

第1回の最後に、紙を1枚用意して、左に「変えられないこと」、右に「それでも変えられること」を書いてくださいとお願いしました。

右側です。今回の戦場は、そこだけです。

左側には手を出しません。診療報酬も、人口動態も、大学の医局の方針も、少なくとも今年は動かない。動かないものに向かって力を使うから、疲れて、諦めが再生産されるんですよね。

問題は、右側に書いたもののうち、どれから手をつけるかです。ぼくが現場で見ている限り、最初の一手として機能するのは、次の4つを満たすものです。

1. 現場が自分たちで動かせる 稟議も理事会も要らないもの。承認が要る時点で、成否が現場の手を離れます。

2. 3か月以内に結果が出る 1年後に効果が出るものは、最初の一手には向きません。忘れられます。

3. 数字で測れる 「雰囲気が良くなった」では、勝ったかどうかが分からない。分からないものは、勝ちになりません。

4. 追加予算がほぼ要らない 金が要る時点で、左側の制約に戻ってしまいます。

この4つを満たす領域は、たとえば院内感染対策、在院日数、外来の待ち時間、記録や書式の整理、部署間の連絡手順、算定の取り漏れあたりです。地味ですよね。でも、地味であることが条件なんです。

なぜ「小さく」でなければならないのか

ここで理論をひとつ。

カール・ワイクという組織論の研究者が1984年に American Psychologist に書いた論文があります。タイトルは「Small Wins(小さな勝ち)——社会問題の規模を定義し直す」。

ワイクの主張はこうです。問題を巨大なスケールで捉えること自体が、行動を妨げている。

大きすぎる問題は、人が処理できる認知の限界を超えます。すると何が起きるか。緊張だけが高まって、有効な手が打てなくなり、無力感が生じる。第2回で扱った話と、きれいにつながります。

だから解決策は、問題そのものを小さく定義し直すこと。ワイクの言う small wins とは、具体的で、完結していて、そこそこ重要な成果のことです。それを積み重ねると、味方が集まり、反対する側の勢いが削がれていく。

ここで注意点がひとつあります。「小さければ何でもいい」わけではないんですよね。

ワイクの条件は3つセットです。具体的であること。完結していること。そして、そこそこ重要であること。

このうち一番落としやすいのが「完結」です。始めたけれど途中で立ち消えになった改善活動。これは小さな勝ちではなく、小さな負けです。そして第2回で書いたとおり、負けの累積こそが無力感の正体でした。

つまり、やり切れないサイズのものを選んだ時点で、逆効果になります。 最初の一手を選ぶときに、意気込みで大きくしないこと。ここが最大の分岐点だと思っています。

いちばん強い一手は、「同じ条件で勝っている人」を現場に探させること

ここからが、今回いちばん伝えたいことです。

「うちみたいな病院では無理」という信念に対して、外から「そんなことはない」と言っても効きません。第1回で書いたとおり、その信念には事実の裏づけがあるからです。

効くのは、同じ制約の中で、すでにうまくやっている人を、現場自身が見つけることです。

これは「ポジティブ・デビアンス(positive deviance)」と呼ばれる手法で、直訳すれば「良い方向への逸脱」。同じ資源、同じ条件、同じ制約の中で、なぜか良い結果を出している人や部署を探し出し、その人が何をやっているかを現場が自分で調べる、というアプローチです。

医療での代表例が、米国の退役軍人病院(VA)でのMRSA対策です。

2011年の New England Journal of Medicine に報告された結果では、全米153施設で対策を導入した結果、ICUでの院内感染率が1000患者日あたり1.64から0.62へ、62%低下しました。ICU以外でも0.47から0.26へ、45%の低下です。導入前の2年間は横ばいだったので、変化のタイミングは明確でした。

ただし、正直に書いておきます。

第1回で、ぼくはマインドセット理論を「効果量が小さい」「再現していない」という理由で切りました。同じ物差しを、こちらにも当てなければフェアではありません。

このVAの研究は、ランダム化比較試験ではありません。 前後比較です。それに、実施されたのは複数の施策をまとめた「バンドル」で、全患者スクリーニング、接触感染予防策、手指衛生、そして組織文化の変革が一体になっています。このうち文化変革の部分だけがどれだけ効いたのかは、この研究からは分けられません。

エビデンスの強さでいえば、無作為化された大規模試験には及びません。それは事実です。

それでもぼくがこの手法を推すのは、理屈が通っているからです。

「うちでは無理」という信念に対する反証を、外部の誰かではなく、現場自身が発見する。この構造が本質なんですよね。コンサルタントが「できます」と言っても信念は動きません。でも、隣の病棟が同じ人員でやれていると自分の目で見たら、動きます。

あなたの病院にも、たぶんいます。同じ人員配置なのに、なぜか残業が少ない病棟。同じ書式なのに、記録が早く終わる人。 探したことはありますか。

「勝ち」でなければ、効力感は育たない

もうひとつ、なぜ実際に勝つ必要があるのかという話をします。

アルバート・バンデューラが提唱した「自己効力感」という概念があります。「自分にはできる」という感覚のことです。これを集団に広げたのが「集団的効力感」で、「自分たちなら、やれる」という共有された感覚を指します。

2009年の Journal of Applied Psychology に発表されたメタ分析では、96の研究、6,128のグループ、3万1千人以上のデータが統合され、集団的効力感と集団のパフォーマンスの相関はr=.35と報告されています。

第1回で扱ったマインドセットのr=0.10と比べると、明確に強い数字です。

ただし、この2つを直接比べるのには無理があります。 片方は「子どもの知能観と学業成績」、もう片方は「チームの効力感と集団のパフォーマンス」で、測っている対象も、対象者も、場面も違う。厳密な優劣の比較にはなりません。

それでも並べたのは、同じ物差しで見たときにどのくらいの水準なのかを知っておいてほしいからです。少なくとも、「気持ちの持ちよう」の話と「チームで実際に結果を出せる感覚」の話は、研究の蓄積として別物だと考えたほうがいい。

さらに病院にとって重要なのは、メンバーの仕事が互いに依存しているチームほど、この関連が強くなるという点です。医師、看護師、薬剤師、リハビリ、事務が噛み合わないと成立しない病院の業務は、まさにこの条件に当てはまります。

そして肝心なのは、この効力感が何によって育つかです。

成功体験です。 講話でも、研修でも、理念の唱和でもありません。「自分たちがやったことで、実際に何かが変わった」という経験だけが、確実にこれを育てます。

だから、小さくても本当に勝たなければならないんです。

やってはいけないこと——業務を足さないでください

最後に、失敗する型を書いておきます。

改善活動を、既存の業務の上に積み増すやり方です。

医療現場のバーンアウト研究では、仕事の要求度が高すぎる状態が消耗を生み、逆に資源(人手、裁量、支援)が意欲を生むという構図が繰り返し確認されています。すでに消耗している職員に、「改善活動」という新しい仕事を上乗せしたらどうなるか。答えは明白ですよね。

だから、最初の一勝は「何かをやめる」ものにするのが、いちばん安全です。

使われていない書類をなくす。重複している記録を一本化する。誰も見ていない会議資料の作成をやめる。効果は地味ですが、条件はすべて満たします。現場で決められて、すぐ結果が出て、削減時間として測れて、金が要らない。

そして何より、現場に「自分たちの働きかけで、状況が変わった」という経験を渡せます。 それが今、あなたの病院にいちばん足りていないものです。

今週、やってみてほしいこと

今回の宿題は、選ぶことです。

紙の右側から、4つの条件を満たす候補を3つ挙げてください。 現場が動かせて、3か月で結果が出て、測れて、金が要らないもの。

そして、そのうち1つに絞ってください。

3つ全部やろうとしないでください。同時に3つ走らせて、どれも中途半端に終わったら、それは小さな勝ちではなく3つの小さな負けになります。第2回で確認したとおり、負けの累積こそが問題なんですから。

1つです。90日で決着がつくもの。

決めたら、次にやることは「誰にやらせるか」ではありません。誰に、どこまでの裁量を渡すかです。承認を挟むたびに、それは現場の勝ちではなく経営の勝ちになってしまう。

次回、最終回では、その一勝をどう続けるかの話をします。一度うまくいっても、半年で元に戻る病院はたくさんあります。何が違うのか。そして、3か月やっても一勝も取れなかったときに、どう判断すべきか。

そこまで書いて、この連載を終えます。


次回(最終回):「勝ち癖を維持する仕組み——測り方と、やめどきの決め方」


参考文献

  • Weick, K. E. (1984). Small wins: Redefining the scale of social problems. American Psychologist, 39(1), 40-49.  https://doi.org/10.1037/0003-066X.39.1.40
  • Jain, R., Kralovic, S. M., Evans, M. E., Ambrose, M., Simbartl, L. A., Obrosky, D. S., Render, M. L., Freyberg, R. W., Jernigan, J. A., Muder, R. R., Miller, L. J., & Roselle, G. A. (2011). Veterans Affairs Initiative to Prevent Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus Infections. New England Journal of Medicine, 364(15), 1419-1430.  https://doi.org/10.1056/NEJMoa1007474
  • Stajkovic, A. D., Lee, D., & Nyberg, A. J. (2009). Collective efficacy, group potency, and group performance: Meta-analyses of their relationships, and test of a mediation model. Journal of Applied Psychology, 94(3), 814-828.  https://doi.org/10.1037/a0015659