医療のこと

添付文書にある禁忌事項は本当に「禁忌」なのか?

今日は主に医療者,特に薬剤師に向けて書き散らします.

要点まとめ

添付文書上の禁忌は臨床的な禁忌とは限らない
大事なのは重症度のアセスメントとリスクマネジメント
上手に判断ができるようになろう

添付文書の禁忌は本当に「禁忌」なのか?

添付文書,医療者のみなさんならよく確認しますよね.
お薬の説明書というか,基本的な取扱説明書.

あれの1ページ目の左上,「禁忌」の項目.

まるで「こういう状況では絶対に(ここ重要)」使ってはならない,
みたいな強い制限を加える文言.ダメ絶対,みたいな.

あれを金科玉条に掲げて,ダメなもんはダメ!みたいな口調と行動する薬剤師がいるんですが,
そういう立ち居振る舞いは非常に危ういとぼくは考えます.

添付文書上の禁忌は臨床的な禁忌とは限らない

例えば,吐き気止めの「ナウゼリン®️」(一般名:ドンペリドン),
禁忌項目に「妊婦」とあります.

禁忌(次の患者には投与しないこと)
(中略)
2.2 妊婦又は妊娠している可能性のある女性

                        ナウゼリン®️ 添付文書より抜粋

こんな項目を目にすれば,
「ヤベェ,妊婦さんにぜったいに飲んでもらっちゃ困る!」
なんて思いたくなるでしょう.
実際,ぼくも数年前まではそうでした.

しかしながら,この薬剤は

妊娠初期に服用・投与された場合,臨床的に有意な胎児への影響はないと判断してよい

産婦人科診療ガイドライン-産科編2017」(日本産科婦人科学会/日本産婦人科医会/編集・監修),日本産科婦人科学会,2017 より抜粋

ともされているため,

「妊婦さん(可能性含めて)に絶対ダメ!」

なんてことには決してならないんですよね.

こういう反例が一つあるだけで,添付文書の禁忌というものがそこまで堅牢頑強なルールではないことがわかるでしょう.

大事なのは重症度のアセスメントとリスクマネジメント

とはいえ,注意しないといけない事例もあります.

例えば,心不全と気管支喘息を合併している患者さん.

当然,心不全にはβ遮断薬,気管支喘息にはβ刺激薬/ステロイド(吸入)が使われますね.

β遮断薬の中には「気管支喘息患者には禁忌(使用しないこと)」なものがあります.

禁忌(次の患者には投与しないこと)

気管支喘息、気管支痙攣のおそれのある患者
[気管支筋を収縮させることがあるので喘息症状の誘発、悪化を起こすおそれがある。]

アーチスト®️(カルベジロール)添付文書より抜粋

実際,気管支喘息を合併している心不全患者さんでは,心臓β1選択的薬(例:メインテート®️)の使用では気管支喘息の増悪とは関連がなかったとする観察研究もあります(非選択的β遮断薬は喘息増悪のリスクあり)↓

Morales DR, Lipworth BJ, Donnan PT, Jackson C, Guthrie B.
Respiratory effect of beta-blockers in people with asthma and cardiovascular disease: population-based nested case control study.
BMC Med. 2017;15(1):18.

こういう場合は,非選択的β遮断薬のアーチスト®️をあえて無理して使うよりも,心臓β1選択的なメインテート®️を使うようが理にかなっているでしょう.

(まぁ,アーチスト®️は厳密にはβ遮断薬かというとそうでもないのですが細かい薬理学上の分類は割愛します)

ただ,もしメインテート®️では心不全のコントロールがうまくできなかった場合はどうしましょう?

細かい病態にもよりますが,基本的にアーチスト®️とメインテート®️は共に心不全患者の予後を改善し,この2剤の臨床的な違いはありません.

Fröhlich H, Torres L, Täger T, et al.
Bisoprolol compared with carvedilol and metoprolol succinate in the treatment of patients with chronic heart failure.
Clin Res Cardiol. 2017;106(9):711-721.

この場合は,添付文書上は禁忌とされていても,

それを承知の上で(ここ超重要),

おっかなびっくり,慎重に使うこともあるでしょう.

気管支喘息が悪化するかもしれない,けれども,このままじゃ心不全のコントロールもうまくいかない.こちらを立てればあちらが立たず…でも,リスクきちんと評価した上で,メリットのほうが総合的なデメリットを上回ると判断したら,慎重に,慎重に薬を使う.

こういう態度や考え方,立ち居振る舞いが重要です.

患者さんの重症度をきちんと評価(アセスメント)した上で,いろんなリスクを挙げて,メリットがデメリットを少しでも上回ると期待できると判断して,薬を使うんです.

これがいわゆるリスクマネジメントというものです.決して,リスクを避けるのではなく.

100%安全な薬なんてない.ノーリスクなんて幻想

これは自分の浅い経験からの評価ですが,

薬剤師はどうも添付文書の内容を神聖化しすぎですし,リスクを避けすぎです.

「添付文書の禁忌は絶対だー!」,みたいな.

当然ですが,完全に安全な薬なんて存在しません.絶対に事故を起こさない車や運転方法が存在しないことと同じです.

大事なのはリスクがあるから使わない,ではなく,

リスクを承知の上で,他の選択肢も考慮した上で,

何よりも患者さんの状態に応じて薬を使うことです.

リスクがあるか・ないか,とか,
安全かどうか,とか

そんな0か1か,デジタルな区別なんてできません.できるわけがない.

そこをできると勘違いして,とにかくリスクがあることはしない,添付文書だけを拠り所として仕事をする,0か1かで判断する…

そんなんじゃ機械に容易に置き換えられてしまいます.
人間よりも機械の方が0か1かの判断はよっぽど早くて正確です.

そんな「いまいちな」「使えない」薬剤師が量産されてしまいます.
薬剤師なんて要らん,なんて言われてしまいます(すでに言われておりますが).

臨床の現場は竹で割ったような明快な判断基準なんてありません.
もっともっと泥臭くて,危うくて,どっちつかずで,おっかなびっくりで,
つまり連続可変的です.
オーディオのバーのように.

リスクを避ける,あるかないか,ゼロかイチか,で判断しない.
あくまで患者の状態と状況に応じて判断する.

そこには単一の正解なんてありません.添付文書の文言とは遠く離れた世界です.

そういう,「答えのない世界」が臨床というものです.

こういう思考と判断ができる薬剤師が,一人でも増えることを願ってやみませんし,増やせるように,少なくもぼくの周りにいる薬剤師にはそうなって欲しいように働きかけています.

今日はここまで.
それでは▽